1984年 |
当時高校生のタイセイ(Vo)を中心に岐阜県で結成。 |
1985年 |
当時すでに全国的な知名度を得ていたザ・スタークラブのレーベル“CLUB THE STAR”より、ファーストソノシート「I GET POSITION」をリリース。初回プレス2,000枚をあっという間に完売。 |
1986年 |
ラフィンノーズのポン(Ba)とチャーミー(Vo)が主宰するレーベル“AAレコード”のオムニバス「Oi of JAPAN」に参加。その名を全国へと広める。 |
1987年 |
タイセイが音楽活動の場を東京に移すことを決意、名古屋ハックフィンで解散ライブを行なう。このライブにより、ハックフィンの最高動員記録が塗り替えられた。 |
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その後、馬淵太成は東京でバッドメサイアを結成。インディーズで活動したのち、エピックソニーよりデビュー、そして1996年に解散。アルバム4枚、シングル10枚を残す。 |
1999年 |
4月、これまでにない規模と勢いで全国的にパンクが盛り上がる中、岐阜のシーンからの熱い要望を受け、復活ライブを行なう。ゲストとしてコブラも参加。1,000人を超える動員を記録。これをきっかけにタイセイのソロプロジェクトとしてのSAが再始動する。 |
2000年 |
ミュージックマインより、マキシシングル「YOUTH ON YOUR FEET」、アルバム「YOU MUST STAND UP MY COMRADES」をリリース。名曲揃いの熱くキャッチーな楽曲と骨のあるサウンドが評判となり、数々のイベントに出演。2001年にかけ、その圧倒的なライヴパフォーマンスにより、さらに熱い支持と高い評価を得る。 |
2001年〜
2003年
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12/28下北沢CLUB251のライヴにて、ナオキ(ex.COBRA/LAUGHIN'NOSE/DOG FIGHT)の正式加入を発表し、それに伴いバンド化を決意。ナオキに続き、ケン(Ba)、ショウヘイ(Dr)が加入し、翌2002年より新生SAとしての活動を展開する。 |
以降、殺到するイベントオファーを消化しつつ、自主レーベル“PINEAPPLE RECORDS”より、即完を果たした1000本限定ビデオ「6,4,2&1」(02年7月作品)、アルバム「GREAT
OPERATION」(02年7月作品)、マキシシングル「WHO'S THE NEXT UPSTART?」(02年11月作品)、ミニアルバム「STIFF
UPPER LIP」(03年3月作品)、セカンドビデオ「STIFF UPPER LIP TOUR」(03年9月作品)を発表。不定期自主企画イベント“BIG
TOP”をはじめ、ジャンル不問のグローバルなライブを展開していく。 |
2004年 |
6月2日、最新アルバム『MATCHLESS ATTACK!』を発表。そして、これまで以上に活動規模を広げたMATCHKESS ATTACK!
TOURを敢行する。同時期に、イギリスのパンク専門レーベルANAGRAM(CHERRY RED内)と同レーベル初の日本人アーティストとして契約を果たし、9月に海外作品『SAMURAI
ATTACK!』にてヨーロッパデビューを果たす。年末にはMATCHLESS ATTACK! TOURの模様を記録したDVD『WALLS AND
RED LIGHTS』を発表。 |
2005年 |
幕開けには盟友COBRAとのカップリング東名阪ツアーが実現。5月末からは全国8カ所にてワンマンクラスでのツアーを展開する。なお同ツアーでは、新録4曲を収録したCD付きアーティストブック『SA
PERFECT BOOK“mov!”』を各会場にて先行発売する。引き続き様々なイベントに出演しつつ、秋より次作に向けての制作活動を開始。 |
2006年 |
2月より、ラフィンノーズ、THE SHAVERZ(ex.SOBUTのヨシヤ&モトアキによる新バンド)とのカップリングツアー“R&R
CIRCUS 06”を展開。4月5日にはニューアルバム『PRIMAL YELL』をリリースし、全国24ヶ所のツアーを展開。同ファイナルである6.30@恵比寿リキッドルームの模様をメインに収録したライブDVD『THE
SPECTER ON MYY TRAIL』を12月20日に発表。 |
2007年 |
年頭より、RANCID日本ツアーを全国6箇所にてサポート。 |