2000年 |
12月、当時国内ガレージ・シーンでひときわ異彩を放つ存在として活躍していたTHE MONSTER A GO GO'SのギタリストHIROSHIが、自身のさらなる音楽表現を求め、バンドを脱退。同時進行で新バンド結成のため様々なミュージシャンをセッションを重ねる。 |
2001年 |
年頭、当時はまだウッドベース未経験者のヤス、THE STREET BEATSやSADS等で叩いていたムタ(Dr)と出会い、バンドを結成。後期THE
MONSTER A GO GO'Sのテーマだった“BATMAN & ROBIN”で、Voヒデロウ氏(故人)=BATMAN、ヒロシ=ROBINというコンセプトを受け継ぎ、バンド名を“ROBIN”とする。3月に横浜クラブ24にて初ライヴを敢行。直後にはシーンで話題騒然となり、同年12月には日本サイコビリー・シーンを牽引するTHE
BATTLE OF NINJAMANZ柳家睦氏主催のレーベルBIG RUMBLE PRODUCTIONからの誘いを受け、早くも1stマキシ「TRUST
ME」を発売。かねてから友人だったSAのVoタイセイがディレクションとして参加。 |
2002年 |
全国的にその名が知られ始め、地方からのイベント・オファーが集まり始める。そして8月には日本最大のサイコビリーイベントTOKYO BIG
RUMBLEに初出演、NEKROMANTIXと共演。同時タイミングで1stアルバム『MY WAY』を発表。初回プレス1300枚を即完させる(現在は生産停止)。 |
2003年 |
精力的に全国のイベント出演をこなしつつ、5月には下北沢シェルターにて初のワンマンライヴを敢行しソールドアウト。7月にイギリスよりTHE
METEORS、8月にドイツよりMAD
SINが来日、共演を果たす。9月にアナログLP『Shout It Out Loud』リリース(ヴィニールジャパンより)。 |
2004年 |
海外からのサイコビリー/パンク・バンドの来日ラッシュに、数多くの共演、サポート・アクトを務める(1月にイギリスよりG.B.H、3月にイギリスよりDemented
Are Go、5月にスイスよりTHE PEACOCKS、8月にイギリスよりKLINGONZ、10月にイギリスよりBATMOBILE)。同年10月にチバユウスケ氏(ROSSO、ex.THEE
MICHELLE GUN ELEPHANT)からの誘いを受け、TRIPPIN'ELEPHANTより2ndアルバム『NEVER MIND』を発表。CD発売記念ライブを下北沢シェルターにて行ないソールドアウト。 |
2005年 |
3月、1st DVD『DxMxW』を同レーベルよりリリース。同月MISFITSが来日、新木場スタジオコーストにて共演。翌4月には初の海外ライブ、3000人が
集結するヨーロッパ最大のサイコビリーフェスティバル“SATANIC STOMP 2005”に出演を果たし、各方面から熱い賞讃を得る。8月、アメリカよりHORROR
POPS来日、共演。10月渡米し、ロスアンジェルス、ラスベガスにて“JAPAN vs CALFORNIA”ツアーを敢行。各会場1000人超のサイコビリーファンが集まり、大好評を博す。同時タイミングでマキシシングル「BURIED
IN BLOOD」リリース。CD発売記念ライブは新宿ロフトにてワンマン。 |
2006年 |
6月、SAのツアーに共演オファーを受け、数カ所サポートする。その際、SAが主催するPINEAPPLE RECORDSへの移籍を決める(PINEAPPLE
RECORDSとしてはSA以外では初の所属バンド)。9月、2度目の渡米ライヴ。ハリウッドにてイベント“HOLLYWOOD SHOWDOWN
7 〜saturday night psychobilly〜”にヘッドライナーの一つとして出演。3000人超のイベントでトリ前を飾る。同時期に海外レーベル数社からのオファーを受け、アメリカのレーベルHAIR
BALL EIGHTと契約(2007年早々に世界デビュー予定)。帰国後、レコーディング開始。SAのVoタイセイがデレクションとして加わる。 |
2007年 |
1月26日、ROBIN、LINK13、PULLING TEETHとの3バンド・スプリットLP『FAR EAST ELVIS』(SCREW
RECORDS)を発売。3月7日には待望の3rdアルバムをPINEAPPLE RECORDSより発売予定。 |