vol.33


 
師走の空に舞う雪が、体温をすごい早さで奪っていく。
 2002年は大変慌ただしい年だった。個人的に立てた目標の多くを叶えることができず、また、外的要素による進行の遅れなどでイライラすることも多い年だった。考えてみれば、ロッククライミングとスノーボードへの挑戦日記のようにして始まったこの『開拓記』も、外での遊びのことよりも、やれ北朝鮮だ、平和だといった話が中心になっていたような気がする。それもそのハズ、今年はクライミングをやらなかったし、カヤックを担いで南の島に行くこともなかった。
 どうしてだろう? そういうことなのだとしか言いようがない。積極的で在るつもりが、結果 として残るのは非常に消極的な完結ばかりであった。なぜだか知らぬ が、多くの友人が生をまっとうし、あちらの世界へと旅だった。自分自身も知らぬ 間に調子を崩し、いかん、いかんと思いながらもズルズルと、気がつけば年末も押し迫った今日という日になってしまった。
 反省などつまらぬことはせず、駄目な自分を笑い飛ばして来年を睨み付けてやろう。それが良い。大好きだった人間が旅立っていったが、大好きになれそうな笑顔の人間だって何人か生まれてきた。子供なんて嫌いだった自分の心の隙間に染み渡るような顔で、初めて見るオレの顔を見て笑うその顔は、ライヴで我々を見る観客の人たちの顔のようであった。
 クリスマスも近い日に友人から電話があり、ジョー・ストラマーが他界したという。初めて聴かされたパンクロックがザ・クラッシュで、密かに憧れていたジョー・ストラマーと今年の“朝霧ジャム”で対面 し、握手してもらったときは、緊張しつつも大感動した。なぜだか楽屋に押し掛けてきていた多くのファン一人一人にサインをし、写 真撮影に応じているその中年男性を、素直にかっこいいなぁと思って見ていた。初めてやったライヴで「ロック・ザ・カスバ」という曲をカヴァーしたことを、あの時やって良かったなと思わせてくれた瞬間だった。
 彼はプロフェッショナルだった。来年も再来年も音楽をやりたいと思う。「線路は続くよどこまでも」を唄いながら、オレは歩いてゆくのだ。オレはオレの道を歩くのみ。
 ただ時間が慌ただしく過ぎていく街中で、空から舞い降りてくる雪のみが、ゆっくり、ゆっくりと存在している。
 皆さん、今年一年どうもありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。





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※SAへのバンド出演依頼 、タイセイ(SA)含むBoo Zee LoungeクルーへのDJ出演依頼、 ブライアン・バートンルイスへのDJまたはMC出演依頼は、familiesまで。   ※本サイトへのご意見、ご感想はこちらへ