vol.30


 
旅の途中で立ち寄った魚市場で光り輝く魚たち。食欲の秋。
 テレビをつければ“9.11”“9.11”と、「2001.9.11」にアメリカで起こった、中東テロリストたちによる民間人を巻き込んだ無差別 ゲリラ攻撃事件に己の生き甲斐を見い出してしまったかのように、生き生きと「正義と悪」を語る人間たち。
 戦場において、この手で味方以外の人間を殺傷し自軍を勝利に導こうと、服を泥で汚すこともなく安全な場所から戦術を指揮し戦いに貢献しようと、戦争という方法を幾多の問題解決方法の中から選び実践してしまうこと自体、人間の野蛮さの証明でしかなく、社会にはびこる高級・低級という意識が、あくまでも幻想に過ぎぬ ことを、我々に教えてくれるのではないだろうか? 幻想のもたらす麻薬的陶酔感に満ちた時間と、その上に築かれていく時代。
 「正義」という言葉は、自己利益追求のための戦いに多くの人間を巻き込むための宣伝文句でもなければ振りかざして歩くものでもないだろうに、権力や人間愛、そして知識という「高級」を身につけたという幻想にその身をどっぷりと浸している人間たちほど、欺瞞で塗布された「正義」の旗を揚げたがる。
 人間は欲まみれで、まみれ過ぎるくらいまみれている。だから美しい。だから醜い。だから清らかだし、汚れている。「清と濁」両方を持ち合わせ、矛盾の上に存在し、時として憎み合い、戦う。時として愛し合い、助け合う。それが人類だろう。運命という選択不能で不可解な流れの下で誕生し、己の持つ体力と気力、そして知力で、人生という河を誰もが泳ぎ渡っていく。人類みな、腹の底に抱える「濁」を肯定することもなく「正義」を振り回し、戦うことが「悪」であるかのような風潮は、どうにも受け容れ難い。
 一生懸命に生きようとすればするほど、人は戦う。他の生命を奪ってのみ、人は命という火を灯し続けることができる。あり余る矛盾に押し潰されないように、鍛えるのみ。心技体を磨き上げるのみ。
 腹が減った。本日はサンマを焼いて喰うとします。





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