スタジオで知り合った人たちと1日中ずーっと
セッションしたりして。楽しかったですよ


「高校は鶴見高校。高校に入って以降は、もう今みたいな感じですね。高校はサッカー部で、毎日夜9時ぐらいまで練習があって。自分のバンドも始めてたんですよ、ソウルの。久保田利伸のカヴァーとかをやってましたね、歌ってるヤツがそういうの好きで。7〜8人編成で、コーラス&ダンサーの女の子が2人いて。
 そのころ使ってたギターは、誕生日か何かのときに買ってもらったフェンダージャパンのストラト、エリック・クラプトン モデル(笑)。どっかのバンドの人が、それを使ってたんですよね。初期のフライングキッズって聴いたことあります? もっとPファンクみたいな、どろどろした感じでしょ。もともとソウルが好きとか言ってたけど、自分の中ではもう少しロック寄りなのが好きだったと思うんです。そこに気付いたんですけど、でも高校3年間はそのバンドをやってました。まぁ、みんなの大学進学と同時に消滅しましたけど…。
 僕は受験勉強を始めたのが3年の1月からだったので、結局1年浪人して予備校に。でも、あまり行かなくて自動車教習所に通 ってました。あと、東神奈川にPヴァイン(ブラックミュージック中心のレーベル)で働いてる人だかがやってるスタジオがあって、そこで知り合った人たちと1日中ずーっとセッションしたりして。楽しかったですよ」



リョウジ君から“ウチ、敬語禁止だから。
エヘヘ”って言われたのは覚えてるなぁ


「大学は、バンドマン育成学校と呼ばれている和光大学。楽しかったですね、“遊んだぞ!”って感じ。1年のときはバンドサークルに入ってたんですけど、2つ上にあぶらだこの今のギターの人がいて。
 浪人してるころにハイ・スタンダードが出てきてて、ちょうどトイズファクトリーからのファーストアルバム『グローイング・アップ』とかが超流行ってたから、そういうのをやりつつオリジナルもやりつつ、いろいろバンドをやってたんですけど、あまり長続きしなくて。で、何か継続してやれるバンドを探してて、ブラフマンに電話したら、マネージャーみたいな人から“またあとで連絡します”って言われたんですけど、連絡が来なくて。このまま待ってるのも何だなと思っていたら、ポットショットの名前を見つけて。ちょうどオムニバス『スカンキン・イン・ザ・ピット』(CR JAPAN/'97年)が出たころで。
 最初、リョウジ君とヨシト(現ヤングパンチ/Ba)を間違えてたんですよ(笑)。待合室で待ってたらヨシトが入ってきて、僕はずっとリョウジ君だと思って話してて(笑)。会いに行ったときは、お金がなかったんでエフェクターも持っていかなかったんですよね。で、なぜか全部ダウンピッキングで弾いてて(笑)。
 正式に入ることが決まったのは、2回目に行ったとき。ちょうど大学2年の5月かな。今ほどちゃんとした意識みたいなものはなかったし…まぁ当時のポットショットもなかったじゃないですか、ここまでマジバンド的な感じって。だから、緊張とかそういう雰囲気ではなかったと思います。ほかには、なんかモッズな格好をしてきた人とかもいたらしくて、そういうヤングスカパンク的な雰囲気のある人は、僕ぐらいしかいなかったって話を聞いたことがありますね。
 う〜ん、たぶん技術よりもセンスっていうか感性みたいなところが重視されたんだと思います。リョウジ君からは“ウチ、敬語禁止だから。エヘヘ”って言われたのは覚えてるなぁ。で、“何て呼ぼうか?”って言われて、“じゃ、サトシットね”って(笑)。結局、1回目のライヴでボツになりましたけどね。
 初ライヴは、新宿アンティノック。グラインドヘッドランチの企画で、ウチとヤングパンチとダックミサイルとバナナボートとB.O.Bアニマルズでした。2年の終わりごろ…イベントの“ハイスマイル”ぐらいから、結構自分らしくやれたかなぁ。気持ち的には、“あれもこれもやっちゃえ〜!”から“これをやろう!”に変わったって感じ。
 そのころは学校も行きつつバンドもやってたんですけど、一時はいろいろあって、学校やめようと思ってたときがあって…。けど、しばらくすると楽しくなったから、やっぱやめたくないな、と(笑)。人に言わないと決意が固まらないんですけど、言ってるうちに決意が変わってしまうこととか、すごくあるんですよ。それで、大学も行きながら。忙しかったけど、まぁそういうのも許されるような感じの学校だったし。卒業論文は『ハイ・スタンダードについて』でしたからね」


いつもふたつぐらいやっていたいんですよ。
あっちもこっちも気になる(笑)

「ちょうどバンドに入るころだったかなぁ。僕、昔から絵を描いたりするのが好きで、将来は絵本を描いたりするのもいいなと思ってたんです。で、講談社か何かのアートスクール主催のコンクールで優秀賞とか獲っちゃって、スクールに入れ入れってスッゲェ言われてて。優秀賞を獲ったんだから埋もれさせるのはもったいないとか、基本がわかってないとあとで困るからとか、すごく言われて。
 そんなにまでしてやりたくないと思ったからやめたんですけど、もし絵のほうに行っていたら、ポットショットには入ってないでしょうね。バンドは、ずっとやってたと思うんですけど。何か、いつもふたつぐらいやっていたいんですよ。あっちもこっちも気になる(笑)」