名前の由来は“人に諭す”とか聞いたんですけど
“人に諭される”ってことにしておいてください(笑)


「ずっと新横浜に住んでるんですけど、出生地だけ違うんですよ。生まれたのは東京都中野区で、リョウジ君ちの近所のはずなんですけど。リョウジ君が2才のお誕生日会をした次の日に産まれました。で、コピーライターの糸井重里と同じマンションに、父ちゃんと母ちゃんと犬と4人で住んでたんですけど、僕が生まれてすぐジイちゃんが車の免許を取りに行きまして、取ってからは毎日バアちゃんと2人で横浜から来るんですよ。あんまり毎日来るから、もうしょうがねぇ、わかったよってことで引っ越しちゃったらしいです。
 自分の名前の由来は何回か聞いたんですけど、よくわからなかった。なんか“人に諭す”とか言ってたみたいだけど、まぁ“人に諭される”ってことにしておいてください(笑)。昔は自分の名前が嫌いで。“諭”って、ちょっとソフトじゃないですか(笑)。“刀”とか、もっとストロングな名前が良かったんですよ。“剛力”とか(笑)。“塚谷”って名字は、日本では珍しいんですよね。だからハンコとかは、いつもオーダーメイドで。住んでるのは母方のジイちゃんとバアちゃんの家なんですけど、名字は父ちゃんのだから、サザエさんみたいな環境になってるんですよ。サザエさんは磯野さんちのフグ田さんでしょ」



金縛りで恐くなるとバアちゃんとこに行って寝るという
伝説のバアちゃんっ子なんですよ


「父ちゃん母ちゃん、ジイちゃんバアちゃん、3つ違いの妹が1人。ジイちゃんは頑固ジジイなんだけど、バアちゃんは天然ボケで。痴呆じゃなくて、異常な天然ボケ。父ちゃんは気分屋だし、母ちゃんはどちらかというと短気なのかな。僕は、その全員に似てますね。最近、ココは誰でココは誰に似てるとかって、わかりますよ。性格としては、人と話を合わせたりするのが、わりと苦にならないんです。そこが長所かなぁ。短所は、すぐ機嫌が悪くなる。些細なことで、すぐプリップリに悪くなる。つまらないプライドみたいなのがあるんですよ。もともとウチは、みんな気性が荒いんですよね。父ちゃんはずっと東京で、床屋の息子。両親は、良く言えば自由な教育方針、悪く言えば放ったらかしって感じですね。
 父ちゃんは、僕が生まれる前にズーニーブーっていうバンドをやってまして。僕が小学校4年ぐらいのときに、父母会みたいな集まりで“公会堂にトリヅカシゲキを呼んで、バックは御父兄のバンドでやろう”みたいな企画があったんです。それで父ちゃんがベース弾いてて、そのときに初めて“あぁホントにやってたんだな”って思いましたね。バンドをやってたのは父ちゃんが大学生ぐらいだから、もう30年ぐらい前なのかなぁ。うちの母ちゃんと付き合ってたときは、スナックをやってましたからね。バンドのレコードとかもウチにあるんですけど、ほとんどの曲が外人のソウルバンドのカヴァーで、たまたま売れた曲とかは、作詞・作曲家の人に作ってもらった、いわゆるグループサウンズっぽいやつを、ソウル系でアレンジしたみたいな曲で。
 ギター弾き始めのころって、いろいろわかんないじゃないですか。でも父ちゃんには、あまり聞かないようにしたんですよ。僕はB型だから、わかんないところだけ手っ取り早く教えてもらいたいんですけど、聞くと難しい話とか余計な話をされるから、もうイヤで。楽器をやりたい気持ちになったのは、血筋とか言われても否定はしませんけど、別 に父ちゃんがそうだったからやろうと思ったわけじゃないですね。英才教育とか全然ないし、僕“二世”とかじゃないですから(笑)。
 僕、伝説のバアちゃんっ子なんですよ。僕が1人部屋になってからは、僕とジイちゃんバアちゃんが1階にいて、妹と父ちゃん母ちゃんが2階にいたんです。で、僕は疲れると金縛りにあうんですけど、昔は金縛り自体が恐い現象なんだと勘違いしてて、恐くなるとバアちゃんのところに行って寝るという…。幽体離脱の夢とか見ましたからね。金縛りにあってる最中に、幽体離脱をしてバアちゃんとこに行って寝ようと思うんだけど、布団の前まで行って目が覚めたら自分のベッドにいたとか。“俺は幽体離脱してまで行きたいのか”って(笑)」