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解散するなんて思ってなかった。
“一生これだ!”って思ってたから
「デビューすると、もっといろんなことを押し付けられるのかと思ってたけど、わりと自分たちのやり方を尊重してくれたんですよ。写真とかを撮るときに“笑え”って言われるのだけは嫌だったけど(笑)。まぁこれは引き続き、言われるたびに“うるせーな”って思ってたけど、僕は特にそういう顔なんでね、表情が(笑)。
とにかく忙しくて大変だったところもあるけど、そうなりたかったからね。音楽で食べていきたいと思ってたし。だから、解散するなんて思ってなかった。“一生これだ!”って思ってたから。だけど、解散したことよりも呼人がやめたときのほうがショックだったな。
あいつはデビュー直前に入ったんだけど、ベースも別に弾いたことなかったんですよね。で、その何ヶ月かの練習で速攻でプロになって、どんどん進歩していったと思うんですよ。でも、俺と宮田と森君は同じ学校でずっと来てて、しかも上下関係があったりするから…まぁ上級生だったから、言いたいことも言わないみたいな。森君も、僕らに対して言いにくいこともあっただろうし。呼人はそういうのが嫌だったのかなって、やめるときに気づいたんですね。エネルギーがだんだん惰性になっていくっていうか。呼人がやめてから、それに気づいた。“やめるなよ”とも言ったけど、俺がそれに気づくのが遅すぎたのかなって。
その後は改善されたところもあったと思うけど、やっぱりもう元のバンドじゃないですよね。結局、それでも続けたけど、最終的には解散に向かっていきましたね。ツアーが終わったあと、これからのことを話そうって言った矢先に、宮田が“もうやりたくない”って。そういう飽和状態というかダラダラした感じを、自分から崩したかったんだなって思いました。言い出したら説得も何もできなかったし。
そのころ俺は31〜32才で、最初にやめたいって話が出たときには、えらいことになったなと思いましたね。でも漠然と、何とかなるんじゃないかな、ジュンスカをもう1回建て直すことができるんじゃないかな、って思ってた。
で、内々で決まってから解散するまで、半年ぐらいあったのかな。そのころね、結婚を決めてたんですよ。だから、まずそういう心配もあって。“ヤベェな、相手の親に何て言うかな”っていうのが(笑)。とりあえずラストツアーはデカい会場でやるから、それを見といてもらおうと思って(笑)。
だから妙な感じでしたね。バンドはもちろんやりたいけど、この先どうなるのかなっていうのもあったし、でも結婚するから…っていうのもあったり。宮田とかとやんないんだったらつまんないな、とかね。でも俺、そういう話し合いって嫌いなんですよ。大事な話してるときは、外に出たいとか、すぐ思っちゃうの。クルマ乗りたいなぁ、とか(笑)。だから、根本的には…仕方ないと思ってたのかな」
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やっぱチヤホヤされてたんだなとか
やっと気づいたんです
「やめて何日間かは、ちょっとゆっくりもしてたけど、あんまりタラタラしてるのは好きじゃないから、友達に頼んで解体屋の仕事をやらせてもらってて。毎日そこへ朝早く起きて行って、ホコリまみれになってブッ壊したりして楽しかった。あらためて、こうやってお金もらうのも嬉しいなって思ったりして。
でもドラマーズは、やってたんだよね。生活的には厳しかったけど、あのころはバンドやってない人が多かったから、みんなそういうのを見て元気づいたりして。でも、ちょっと…漠然とだけど、人のコンサートに行くのは嫌でしたね。自分がやってないのにウロウロしてる感じが嫌いだったんですよ。それにああいうときって、社交辞令的に話しかけてくる人って多いじゃないですか。“最後は取材にも何にも来なかったくせに”とか、いろいろそういうことにも気づいたりしてね。やっぱチヤホヤされてたんだなとか、やっと気づいたんです。
ウチの学校のいいところは、人を疑わないっていうか。だから今思うと、当時はただのそういう付き合いだった人って山ほどいたんだなって。そういうことに気づいたのも良かったと思った。もう次にやるんだったら、そういう奴は絶対許さないっていうか、付き合わないようにしよう、って。でも、常に明日ぐらいのことしか考えないから、結婚のためにどうすればいいかなとか、まだそういうふうに過ごしてましたね。
ジュンスカに関してはね、まだ“思い出”じゃないんですよ、僕。バンドやめると元ナントカの、とか言うじゃないですか。そういうのを嫌がる人も多いけど、僕は別 にいいじゃないかって思う。ヴォーカルじゃないからかもしれないけど。ポットショットのメンバーなんだけど、バンドはないけど今もジュンスカをやってたことは本当なんだから…ちょっと変な感じですね」
“自分たちでやってる”って
感じがすごく新鮮だった
「解散したのが97年の7月で、11月に結婚して、98年の5月にポットショットに会った(※編注/ポットショットのプロフィール上は5月ではなく4月となっています)。最初は、UKプロジェクトの北島君に“いいバンドがあるんだけどドラムいないんだよね”って言われて見に行った“ハイ・スマイル”。新宿リキッドルームでやったイベントで。そのあとツアーで何ヶ所か手伝って、7月ぐらいに“正式にメンバーにしてくれ”って頼んだんですよ(※編注/ポットショットのプロフィール上は7月ではなく6月となっています)。
最初に見に行ったときは、今イチ良さがわからなかった。北島君が、それだけ押す気持ちが。CD聴いて、ライヴ見て、今イチしっくり来なかった。そのあと、しばらく音沙汰もなくて、誰か決まったんだろうなと思ってたら、“もう1回どう?”ってことになって。今度は、まずは曲を覚えなきゃいけないとか具体的な作業があったんだけど、最初の練習に行ったときに全然できなかったから、それでまず自分に対して落ち込んで…。もう次はねぇなって思うくらい。だから、次のときにはちゃんとやろうと思ってやったから、そのちゃんとできたときの練習はすごく楽しかったんですよ。やった感じがすごく楽しくて、これはやりたいなってだんだん思い始めたんです。とは言っても、最初のツアーは手伝いだったから、途中までは“これが終わったらさよならなんだな”って思ってたけど。
そのとき、ツアーでいろんなところへ行って、“自分たちでやってる”っていう感じがすごく新鮮だったんですよね。自分が何年間もいたところとは違うから。あと、ツアーでいろんなバンドとやったわけだけど、ポットショットが一番いいなってずっと思ってて。地方とかでもいろんなバンドとやるでしょ。その中でも一番だなって思ってたの。だから、どんどん“やりたい”って気持ちが増えてきたんですよね」
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