中学3年間は、部屋にこもってFMを聴いて
レコードを聴いて、って感じやった。
“高校行ったら絶対バンドやろう”って思うてたし

「最初は、ポール・マッカートニーの曲が好きで…。はじめは『アイ・アム・ザ・ウォルラス』なんか、わからへんやん。夜中聴いてたら、なんか、すごく怖いなぁとか思うて…(笑)。『レボリューションNo.9』で、小野洋子(オノ・ヨーコ)とか出てきたら嫌な気持ちになってんけど、だんだんそっちのほうが好きになってくるねんね、ジョン・レノンのほうが。そうなってくると、広がっていってしまったわけや」
 そのジョン・レノンが、70年代に突出して政治的な動きを見せていくことになるのだが、ひょっとして、それが中川の政治的な言動につながっていくんだろうか。あるいは、そもそも彼のこの姿勢は、どこから生まれてきたんだろう…。このあたりから、話は彼の音楽の背後に見えるものに向かっていった。果たしてそれは、音楽の影響から生まれたものなんだろうか。
「どうなんやろうね。でも、関心はあったよ、小っちゃいときから。親が新聞記者やからといって、ダイレクトな影響とかいうんじゃなくて、なんか、いつも(テレビの)ニュースとかがついてるんやよね。たとえば、連赤(連合赤軍)の浅間山荘の事件があったときも、1週間ずっとテレビがつきっぱなしで、見てしまうというか…。そういう家ではあったよね。ただ、親が好きでぇ…というのではなかった。仲悪かったし…。ロックなんか、絶対理解を示さないという親やったから。それでも、新聞は3紙ぐらいあったし、それを見てたり…。基本的にリベラルな家庭やねんけど、親はノンポリやね。なんか、天皇在位50周年切手とか買ってきたりする親やから(笑)」
 結構ありがちなタイプというか、当時の様子を聞いていると、10年ほどの世代の違いはあるものの、中川の軌跡には結構、筆者に近いものを感じる。なんでも、高校生になった頃は成績優秀で、「2年生ぐらいからロック喫茶というところに溜まり始めて」から、おかしくなっていったというのだ。
「ジョン・レノンが好きで、ローリング・ストーンズが好きで、パンク、ニューウェイヴも好きになって…。“あ、ホントの父親はこっちにおったんや”みたいな感じでね。結構ストレートなもんやと思うで。はまったら行ってしまうほうやし…。ビートルズが好きやいうたら、もう全部揃える。ポールも、ウイングスもストーンズもそうやったね。でも、中学の3年間は、まわりにそういうの好きな奴、ほとんどおらんかったから、レコード聴いて一緒に歌う(笑)ゆう感じやったよ。中学の2年のときに、また転校というのがあってねぇ、なかなか友達もできにくかったし…。中学の3年間は、部屋にこもって、FMを聴いて、レコードを聴いて、って感じやった。“高校行ったら絶対バンドやろう”って思うてたし」
 そして、進学校と呼ばれる高校に入ることになる。
「高校、ふたつ合格してん。あの頃、奈良に住んでて、奈良の公立と大阪の私立。すごい選択やってん、奈良の共学にするか、大阪の男子校か。男子校って嫌やなぁとは思うたけど、大阪に出るわけや。上本町にあるから、毎日ミナミに出られるし…ロック喫茶とかレコード屋とか回れるから。えびす橋のビートルズとかサブとか…そこの常連になって、バイトもするようになるし…。一番最初にロンドンブーツとか履いた奴とか、10才ぐらい上の人に、村八分とかルージュとか教えてもろてん」

訳詞とか読んだけど、それは充分じゃなかった気がする。
それよりも、すぐそこにおる感じ? ギター持ってる姿とかが、
それだけで何かを言うてくれてる感じがした。

「なんか、変なタイプの不良って感じやったね。教師とか、そんなもん、みんな馬鹿にしてたし。大人はみんなアホや、こいつら楽しそうやない(笑)。だから、教師は嫌がってたねぇ、俺のこと。成績は良かったけど、学校行っても小説ばっかり読んでて…中上建治とかが好きで。授業も、ちゃんと聞かんでも、教科書のポイントとかつかめたら、テストもたいがい90点ぐらい取れる。いや、ホンマ嫌なガキやったと思うで。もう教師も生徒も、まわりのヤツ全部、お前らアホやと思うてたから(笑)。ま、今もちょっとだけ、そういうとこあるけどね(笑)」
 その反抗的な態度は、どこから生まれてきたか、というと、どうも音楽らしい。
「でも、やっぱりロックが先やな。ジョン・レノンとか、キース・リチャーズとか、ボブ・ディランとか、そういう人らが言うてる言葉とかがね、この肩の上に乗ってる感じやね」

 といっても、よほどのことでもなければ、平均的な日本人が(彼がそうだとは思えないが…)直接こういったアーティストの言葉をすんなり理解できるはずはない。おそらく、ここで中川が言う言葉とは、歌の歌詞といったものを示すのではないだろう。
「まぁ、訳詞とか読んだけど、それは充分じゃなかったような気がするなぁ。それよりも、とにかく写真とか、すぐそこにおる感じ? ギター持ってる姿とかが、それだけで何かを言うてくれてる感じがした。(そんな意味で言えば)俺が次の段階に行くために、それを勝手に利用していただけかもしれんな。歌(そのもの)の歌詞が何を言うてるかには、あんまり興味なかったかもしれんな。全体的なイメージとか、総合的なエンターテインメントとして…なんか、“これが俺を違うところに連れて行ってくれるもんや”って感じやったね、ロックンロールというのは。なんか、すごく感動的やったよ。“やっと友達ができた”みたいな(笑)」
 彼の中での生き方とかをも含めたいろんな意味で、もっとも大きかったのはジョン・レノンだったらしい。
「会ったことがないし…ハッハッハ。結局、レコードとか本とか、そういった部分で知る部分だけやからねぇ、みんなと同じやと思うけど。あの平和主義的なところとか、単なる奇人変人という意味でもあるし…。ベッドインとか…“こいつ、アホやん”ってことはわかったね(笑)。でも、向こう側やのうて、こちら側にいるということだけはわかった。ホント、漠然とした感じやったけど、聴くのは好きやった」