ソウル・フラワー・ユニオン始まって以来のヒットに
しようと思うてる。というか、なるんやないかな

 実は、ちょうどそのころに発表されるのが、『Screwball Comedy』というタイトルの付けられた新しいアルバムだ。すでにメジャーを離れ、インディーのリスペクトから『High Tide & Moonlight Bash』と名付けられたライヴアルバムは発表しているのだが、スタジオ録音としてはこれが初めてで、99年の『WINS FAIRGROUND』以来となる。おそらく、いろんな意味で以前とは大きな違いがあったと思うのだが…。
「まぁ、金やね(笑)。そうとう違ったな。ゲストミュージシャン1人呼ぶんでも、真剣に考えんといかんかったから。“本当にこの人必要なん? ホンマに?”(笑)って、(いつも尋ねられている)感じで、試すということができんかったね、今回は。ガンちゃん(レーベルの主)にしては、そうとう頑張ったと思うで(笑)」
 となりで話をしていた、そのガンちゃんが少し会話に加わり、大笑いしながら“大ヒットさせる”と決意を語っていたのが面白い。
「でも、SFU始まって以来のヒットにはしようと思うてる。というか、なるんやないかな」
 と言う中川敬の言葉に、充分納得させられるほどの仕上がりになっているのが、今回の作品。が、これほどの作品を作り、同時に、昨年のフジ・ロックで驚異的な反響を生み出したにも関わらず、メジャーから首を切られたのがSFU。それが音楽業界の本質だ。派手な物量 作戦による大ヒットの連発というイメージはあっても、実のところ、もろに受けているのが経済不振のあおり。数多くのアーティストがレコード会社を追われ、幅を利かせているのは莫大な利益と売り上げ至上主義。“作品”ではなく“商品”にしか関心のない音楽の世界も、リストラの波につぶされそうになっているのだ。

やりたいことだけやって死んでいきたいから、自分たちが
面白いと思うことをどんどん発案していかなあかんねや

 その当時のことを思い出して、中川はこう話している。
「なんか、最初のときのことを思い出してん。89年にな…、大阪では有名なアメ村のキングコングってレコード屋で、インディー担当で働いててん。それが結構知られてて、バンドの青田買いという感じで、あらゆるレコード会社が来よったな。“ニューエスト・モデル、ウチから出しませんか?”、ヒデ坊(伊丹英子)のところにも“メスカリン・ドライヴ出しませんか?”って。でも思うてん、“メジャーはダサい”。そう話したことを思い出してん。そのころホント、メジャーに行くの嫌やってん。マイナスやと思うてたし…。だから、今回切られたときも、あのころのこと思い出してん」
 ところが、めちゃくちゃな条件を全部飲むと言い出したのが当時のキングレコード。それが理由で、メジャーと契約することになってしまったというのだ。ただ、一方で“音楽業界を少しでも変えたいという気持ちが続いてんねん、ガキのころから”と加えているのが中川敬。結局、本来の場所に戻ってきたという言い方をしたら、間違っているだろうか。いずれにせよ、そんなことが彼らの音楽に対する姿勢に影響を及ぼすことは、あり得ない。
「音楽は変わらないよ。メンバーをいかに食わしていくか…ってだけでね。自分らが動く量 が増える? 店頭まわりもするし…。ライヴ盤を出したときにも、関西で250軒のレコード屋さん、廻ってん。それもまた面白かったから。なんや駅の前にある小さい店とか…“ソウル・フラワー・ユニオンというバンドですねん”とか言うんやけど、“インディー? ウチはやってへんから”なんか言われて。“悲しいぃ!”みたいな…(笑)。流通 はSMEってわかると、“なんや、メジャーか。ほな、ここにサイン書いといて”やからね(笑)。けど、それで1枚入れてくれたり…。それが大きいねんけどね、ホント。
 結局、(インディーとメジャーの)違いは金と人出やな。確かにメジャーのほうが、地方の隅々まで声が届きやすいというのはあるから。そこに関しては、どうしようかなと思っているところはあるね。テレビとか、伝えにくくなるから。金、宣伝費がないわけやから。自分らで動くということやね。けど、基本的に、俺は頑張りたくないからね(笑)。やりたいことだけやって死んでいきたいと思うてるから。だから、自分たちが面白いと思うことをどんどん発案していかなあかんねや」

 と、嬉しいのは単にレコードのセールスではなく、“声”を届かせるという言葉を発することのできる姿勢だろう。ビジネスより何より、重要なのはそれだ。同時に、いまだにインディーはメジャーへの通過点だという発想を持っている、羊のようなミュージシャンもどきが幅を利かせている中で、なぜインディーなのかという意味を、彼は十二分に理解しているように思える。

結果には満足してるからね。今まで作ってきた
レコードの中で一番、ダントツにいいと思うてるから

 一方で、レコード制作にかけられる金は、メジャーのようなわけには行かなかったと想像できる。そこから自ずと作り方に違いが出てきても、おかしくはないと思うのだ。といっても、このアルバムを聴く限り、中川敬が言うように、確かに傑作であり、素晴らしい作品に仕上がっている。ということは、逆にその状況がタイトな作品を作り上げるのに貢献したのではないだろうか。
「まさに、そうやねん。これはレコーディング前にも思ったんやけど、中川の余裕ある実験主義みたいなものが全部排除されるんちゃうかなと。それ、ひょっとしてSFUにとってプラスじゃないか…(笑)と、なんか自分で思ってん。SFUらしいシンプルなアルバムになるんじゃないか、って思ってん。で、実際そうなった(笑)」
 といっても、薄っぺらさは微塵もなく、スウィンギーなジャズタッチが魅力の「ダイナマイトのアドバルーン」にしても、とてつもなく分厚いサウンドを感じることができるのだ。
「いやぁ、俺はもっとビッグバンドみたいなことをやりたかったんやけどね(笑)。雇えなかったねぇ、それは(笑)。それを5人のメンバーで工夫しながらやるというのが、ロックンロールバンドの持ち味っていうか。ビッグバンドを従えて歌いたいというのは、俺の個人的な欲求であって、SFUのレコードがそうでないとあかんということではないから。
 今回は、ほとんどホームスタジオを使ってるからね。外のスタジオでは無理や(という予算)。ベーシックトラックとミックスだけは、いいスタジオを使うけど…。その代わり、機材が充実してないから、一個の音を録るのに1日かけたり…。クオリティを下げたくないからね。ホンマ、研究しまくったし、いろんなことがわかったよ。
 制作費は半分以下になったけど、音楽のクオリティは上げる、と…。中川プロデューサーが考えたことは、それだけやったね。でも、結果には満足はしてるからね。今まで作ってきたレコードの中で一番、ダントツにいいと思うてるから」

 まさしく、その通り。これぞSFUの音楽だという、すべてのものを飲み込んだロックンロールナンバー「サヴァイヴァーズ・バンケット」で幕を開け、強力にオリジナリティ溢れるサウンドを持つ「殺人狂ルーレット」に続く。そういったワイルドなナンバーのほかにも、かの名曲「満月の夕」にも比べられるだろう、「荒れ地にて」もある。いずれにせよ、95年の阪神淡路大震災以降のモノノケでの経験を通じて、“歌”に対するアプローチに生まれた中川敬の変化や成長や体験などが、すべてここに凝縮され、そのすべてを飲み込んでたくましくなったSFUの結晶が詰め込まれているということだろう。