●一志さんと言えば、オフではかなりヴィヴィアンを愛用していますが、ハマったのはいつぐらいからですか?
「2〜3年前ですね。当時は、服にしろアクセにしろ、変わったものなら何でも良かったんですよ。それがいつの間にか…。あの、オーブの魔力って言うんですか、あれにヤラれたんですね(笑)。一番最初は、ファンの子にゴールドのオーブライターをもらったんですよ」
●あの世界3000個限定のシリアルナンバー入りですよね。レア物じゃないですか! すごいですね。
「そうですね(笑)。僕、でもポケットに入れていたら、壊しちゃったんですよ(苦笑)。“折っちゃったんだよね”って言ったら、同じ子がまた同じモノをくれて。そのときに、その価値と存在を知ったんですよ。だからそのライターがきっかけですね。古着屋とか行っても、ヴィヴィアンの一角だけ違うじゃないですか。僕、そういうモノのが好きで。“別 格!”みたいな(笑)」
●ああ、なんとなくわかります(笑)。
「あと、ファンの子とかは多いんですけど、ヴィヴィアン好きのバンドマンってあまりいないじゃないですか。だから、今から僕が全身ヴィヴィアンだったら、“あ、一志のパクリだ!”って言われるだろう、みたいな(笑)」
●ヴィヴィアンのどんなところが好きですか?
「オーブとデザインですよね、やっぱり」
●一番気に入ってるのは、どんなアイテムですか?
「指輪ですかね。ナックルリングは気に入ってたんですけど、なくしちゃったんですよ(泣)。それに合わせて、アーマーリングとかダスターリングとか付けていたんですけど。今は全部好きです」
●次に狙っているアイテムはありますか?
「レザーのアーマージャケットかな。本当に“鎧!”みたいな感じが良いなと。僕、1着持ってるんですけど、状態があまり良くなくて。冬になったら、それが欲しいです」
●前にライヴ後にお会いしたとき、“今日はヴィヴィアンのスーツでキメて来ました!”と言ってましたが、大事なライヴとか、気合いを入れたいときに、ヴィヴィアンを着ることも多いですか?
「ツアーファイナルとか、最初のワンマンには、絶対に全身ヴィヴィアンで行く! というのは決めてます」
●やっぱり気合いが入ります?
「入りますね。ビシっとします!」

●“唄”というのは、一志さんにとってどんなものだったりするんですか?
「“唄”というものの存在というか…。今は自然に唄ってたりしてますけど、最近、“僕はいつから唄ってるんだろう”って思うんですよね」
●小さい頃から、唄うことは好きだったんですか?
「好きでしたね。やっぱり小さい頃から声が高くて。小学校6年生くらいになると、みんな変声期があって、バスかテナーぐらいになると思うんですけど、僕、一人でソプラノだったんですよ(笑)。それに、あまり真面 目にはやってなかったんですけど、音楽の授業で、“下級生の歌のお手本にするから、この歌を歌って”と言われたことがあって。もしかしたら、そのテープは今もあるかもしれない」
●そのテープ、今聴きたくないですか?
「もう、超聴きたいですよ(笑)」
●でも、その頃から、ほかの人に“オオッ!”と思わせるくらい、歌うことに秀でていたんですね。 「お母さんが、歌上手かったんですよ。昔から“私は歌手になりたかった”と言ってて。だから、今もバンドをやって歌うことを、許してくれていると思うんですけど」
●楽器を演奏することもそうだと思うんですけど、歌うこともどんどん変化していくものだと思うんですよ。最初は、単純に歌うことが楽しかった。それがバンドをやっていくなかで、上手くなりたいと思い、さらにプロとしてより完成度の高いものを聴かせたいと思うような。一志さんの中にも、そういうような流れはありました?
「流れというか、僕、自分に対して、すぐ飽きるんですよ。“この曲はこういうふうに歌おう”と思って実践していても、すぐ飽きたなと思って変えてみたりはします。毎回、ライヴを見てくれている子にはわかるんじゃないかな? プラスアルファになっている曲もあるし、元から変えるものもあるし」
●“唄”と“歌”って、一志さんの中で、どんな違いがあるんですか?
「僕が唄うのは“唄”なんですよ。“あの歌、良いよね”って言うのは、“歌”なんです。違うっていうか、こだわりですよね」
●現在の自分にとって、“唄”ってどんなものだと思っていますか?
「無くてはならないものというか…。“俺が唄なんだよ”っていう感じです(笑)」



●カグラの歌詞には、日本古来の古語だったり、言いまわしが、かなり出てきますよね。歌詞全体のストーリーも、日本の昔話や伝説なども多いじゃないですか。そういう言葉や話は、どこから引用してくるんです?
「僕、小さいころから、日本の昔話が大好きだったんですよ。変わってるって言われてたんですけど、小学校の図書館とかに、よくあるじゃないですか。すごく分厚くて、“小学生は読まないだろ”みたいな本が(笑)。僕はませた子供で、そういう本を持っているだけでカッコイイと思っていたんですよ(笑)。そういう本はよく読んでましたね」
●そのころ読んだ本で、思い出に残ってる本はありますか?
「おばあちゃんが、日本昔話210何冊セットっていうのを買ってくれたんですよ。歌詞にもあるんですけど、その中の“キジも鳴かずば”っていう話がすごく大好きなんです。それを毎日、おばあちゃんに“寝るから読んでよ”って、読んでもらってました(笑)。で、なぜか僕、そこから宗教に走ったんですよ(笑)。小学校4年生くらいで宗教(笑)」
●…仏教とか…(笑)。
「親戚のお兄さんたちが、カッコ良い、ヒーローものの仏教マンガみたいなのを読んでいたんですよ。『明王伝レイ(菊池としを作品)』っていう。それを読んで“カッケー! 俺の将来の夢は神だ”と思ったんですね(爆笑)。すごい小学生だったんですよ」
●そのころに会ってみたかったかも(笑)。
「(笑)。で、いつも一緒にいる仲良しグループを洗脳するわけですよ。“仏教っていうのはカッコイイ”と(笑)。で、みんな洗脳されていって。でもね、ここらへんがガキなんですけど、“じゃあ、俺、不動明王!”みたいな(爆笑)」
●(一同爆笑)。
「それって、ゴッコじゃん! ガオレンジャーとかと何の違いがあるの? みたいなレベルなんですけど(爆笑)。ちょっと興味を持つものが、人と違ったんですよね」
●(笑)。でも、一志さんの幼少期をあらめて振り返ってみても、なんとなく和を感じるものが多いですよね。
「そうなんですよね。あまり、日本という枠から出たくなかったんですかね? 国語とか、現代文だけは、何もしなくても成績が良かったですから」
●日本語というものに対して、すごく敏感なのかもしれないですね。
「言葉の並びとか、言葉に出したときにキレイじゃないとダメなんですよ。あと難しい漢字も、そこにそれがあるとカッコイイのかどうかを考えるんです」
●それは歌詞として書いたときにですか? それとも歌ったときに?
「両方ですね。たとえば、サビの頭に濁音とかはあまり良くないと思うし。やっぱり(言葉がキレイにはまる)場所があるんですよね」
●今も歌詞のヒントを得るために、本を読んだりします?
「それもありますけど、大体は今までに得た知識と、感覚ですね」
●キーワードから作っていくことが多いんですか?
「そうですね、メンバーにキーワードをもらったり。僕、(歌詞を書くときは)全部、小説みたいにストーリーを書くんですよ。エライ大変なんですけど。それを客観的に読んで、“こういう作品があったら、絶対タイトルはこうだ”って、タイトルを付けたりもしますね」
●日本語は表現方法が豊富で、細やかな表現ができるじゃないですか。響きもキレイだし、繊細な言葉だなと思っているんですが、表現方法が豊富なぶん、難しさもあると思うんですよ。そういう意味で、難しさを感じたことはないですか?
「難しいというより、そうなったら飽きてしまうと思うんです。それでまだ遊べているんですよね。別 に、こういう言い方があってもいいんじゃないかみたいな。音楽で言えば、理論を知らないでやっているほうが、カッコイイみたいなこともあったりするじゃないですか。たぶん、僕も言葉に対してはそうだと思うんですよね」


●“現世”というキーワードについてなんですが。
「自分には前世があって、現世があって、来世があるという、魂の話ですよね。何で自分は自分なんだろうっていう。僕、本当に小さいころから、ずっと考えていたんですよ。小さい頃は、いろいろやりたいこともあったから、“俺は何であの人に生まれなかったんだろう”とか考えてましたね」
●すごく難しいテーマですよね。やはり、いまだに答えは出ていない?
「出ないですね。(このことについて考えていると)不思議な感覚に陥るんですよ。俺っていう思考があって、人格があるじゃないですか。でも自分にもわからない人格も、たぶんあるし。何が本当の自分で、何で俺はここにいるんだろうって」
●そういうことを考えていると、思考のブラックホールみたいなものにハマってしまって、ネガティヴになってしまうときもありません? 反対に、すごくポジティヴになれるときもあると思いますが。
「ポジティヴに考えられるようになったのは、ホント最近ですね。(こういうことは)よく先生に怒られたときに考えましたね(笑)。僕、やっぱり何かが違ったみたいで、よく怒られていたんですよ。よく先生って、何かやっていなかったりすると、“帰りなさい!”とか言うじゃないですか。俺、それで“ラッキー!”とか思うほうなんです(笑)。でも、“ラッキー!”って思って帰ると、また怒られるんですよ。“何で帰ったの!”って」
●先生的には、“帰りなさい!”って言われたら、“すみませんでした”って、謝ってくると思ってるんでしょうね。まさか、本当に帰るなんて、あまり思わないと思いますし(笑)。
「そのあたりの理不尽さから、“何で俺ばっかりなんだろう”って」
●そのころから、自分はほかの人とすこし違うんじゃないかと思ってました?
「あまりなかったですね、うん。人と興味を持つものは違ってはいましたけど」
●どんなものに興味があったんですか?
「僕、絵とか版画で、よく賞をもらっていたんです。小学校4年生のときだと思うんですけど、人物の版画を彫ろうというときがあって、みんなはお母さんとか友達を描くんですよ。僕はそのとき、後藤久美子を彫ったんですよ(爆笑)。もう、大好きだったんです。それが入選したんですけど、入選したあとに何かを見たら、タイトルが“女の子”になってたんです。それで先生に超抗議したんです。“どういうことなんですか! 俺、後藤久美子って書いたのにっ!”って、泣いて怒ったんです(笑)。そういうのも、ちょっと人とは違うかなと」
●(笑)。ほかにもあります? そういうエピソード。
「トラクターってあるじゃないですか。僕、トラクターが大好きで、土を耕すためのものだから、大きな刃が回転しいていて、すごく危険なんですよ。回転している刃の上に、小さな屋根みたいなものがあるんですけど、その上に乗るのが好きだったんですよね」
●それ、怒られません(笑)?
「怒られるんですけど、その上に乗って刃を見てるんです。そうすると、たまに土に混じって、変わったものが出てくるんですよ。カタツムリの殻とか。それを“あっ。”って思って、拾いに行ったり…。あ、あとスゴイのがありました。小学校2年生のときは、車のウインカーとブレーキのランプが割れたものが好きだったんですよ」
●…ん!? 割れたもの?
「あの赤とオレンジですよ。でもあれが割れていないとイヤなんです。それがキラキラしてキレイだと思っていて」
●だからって、割って歩いたりしてないですよね(笑)?
「してないです(笑)。近所で事故があったんですけど、車が木に突っ込んだんですよ。その木にライトの割れた破片が刺さってたんですよね。僕、それを集めに行ってましたよ。親に“これ何?”って聞かれて、“あの木に刺さってたライト”って言ったら、超怒られましたけど(笑)。思い出すと、そういうの多いですね。でも、昔から変わらないのは“人と同じじゃイヤだ”ということ。それは変わってないですね」



●“鬼”という言葉は、楽曲の歌詞にもタイトルにも多く出てきますよね。
「“何で『鬼』にこだわるのか?”ということなんですけど…。自分というものを、“人間”というものに、ひとくくりにされたくないというのが、まず前提にあって。“鬼”って、人間なのか動物なのか、わからないじゃないですか。しかも、実体があるのか、ないのかもわからない。で、男か女かもわからない。僕、そういう存在が好きで」
●いろいろなものを超越した存在に憧れるということですか?
「う〜ん、“鬼”っていうものの中に、夢がある感じがするんですよ。昔話でもたくさんあるし」
●昔話って、基本的に勧善懲悪のストーリーが多いじゃないですか。“鬼”はたいていの場合、悪として存在することが多い。だからほとんどの人は、“鬼”を悪として認識していますよね。一志さんの場合は、“鬼”に悪以外のものを見ているということですよね。
「そうですね。けっこう前に、何かの本を読んで、それをリメイクして、話を書いたことがあるんですよ。鬼の子供と、人間の子供がいて、鬼の子供は、人間の子供と友達になりたいんですよ。で、人間の子供は、鬼の子供が珍しいから、いろいろな物をくれと言うわけです。ツノをくれとか、目が光ってるから目をくれ、そうしたら友達になってやると言うんです。その話で何が言いたかったかと言うと、“どっちも鬼だ”ということで。人間の子供は無邪気かもしれないけど、気持ちは“鬼”で。反対に鬼の子供は、気持ちが人間だったわけで…。そういうものを作りつつ、自問自答しているんですよね。そこも、人と同じはイヤだということにつながるんですよね。まさに人間じゃなくなりたいわけですから(笑)」