●ソロとしては初のフルアルバムとなる今作『パラレル』ですが、ミニアルバム『優しく明るく』とメンバーがそれほど変わっていないのに、前より一層彼らとの距離が近づいた印象を受けました。
「えっ、そうですか。それはけっこう意外です(笑)。実は、レコーディングの作業的には今回のほうが歌のバランスが大きいんです。もちろん、バンドサウンドは根底にあるんですけど、『優しく明るく』のほうがバンドとしての一体感をあえて持たせたつもりだったんで、逆にそういう風に聴こえるのは嬉しいですね」
●ソロのシンガーとスタジオミュージシャン、という感じではなくて、バンドのアルバムを聴いているよ うな感覚があったんですよね。ソロになってから今回のアルバム発表まで3年近く時間が経っているわけですが、今回のレコーディングはどのように進められたんですか?
「前のバンドのときは、MIDIという会社の形態もあって、曲ができて大体固まったら、その時点ですぐ表に出しちゃう感じだったんですよ。それはそれで良い部分もあったんだけど…。今回は『優しく明るく』のリリースまでに2〜3年の準備期間があって、その間にずっと曲は作っていたので、『優しく明るく』をレコーディングした時点で、次はシングルを、春頃にはフルアルバムを出そうっていう流れは決めていたし、曲もある程度は振り分けてあって。だから、このアルバムのために新しく書き下ろしたのは、1曲目の『ララバイ』と6曲目の『ミュージック』だけなんです」
●アルバムの曲順がライヴの構成のようですね。曲順はすんなり決まったんですか?
「レコーディング前に頭の中で音が鳴っている時点から曲順もなんとなく考えてあって、録りの段階でも、曲頭がどう入るかっていう細かいことは決めてあったんです。今回まず思ったのは、長いアルバムにするのはやめておこうということ。最近は長いアルバムが多いけど、僕は自分が中学や高校のころに聞いていたアルバムと同じように、45分から50分くらいに収めたくて。感覚的には5曲目までがA面 、残りがB面というふうに考えていたんですけど、CDっていう媒体のおもしろいところで、切ったつもりのところが意外とつながって、それ以外の部分がバラバラだったり(笑)。でも、バラエティもありつつ一体感のある感じになりました。意外性を持たせたいところはキーを変えてるんです。そこらへんは、おっさんなりのいやらしさを入れてね(笑)」
●10曲でひとまとまりという一体感は、確かにとてもありますよね。
「そのへんはかなり満足しています。『シンギン』っていうシングルまでは、ハーフ・ネルソンっていうエンジニアが最初から最後までついてくれていたんですけど、今回は彼の日程の都合でミックスだけできなくなっちゃって、バブルバス時代に一回だけ一緒にやったことのあるエンジニアのヨシミツくん(吉満宏之)と僕の2人でミックスをやったんです。ハーフ・ネルソンは僕らの中ではかなり大きな存在なんで、そのイメージをどう崩すか、どう発展させるかっていうのをかなり試行錯誤しました」
●ミックスを手がけたことで、結果 的に、より自分の色が投影されたのでは?
「そうですね。やってみておもしろかったし、今までと違う印象にもなったと思います」
●今回書き下ろしたという、6曲目の『ミュージック』なんですが、これだけ異質な雰囲気がありますよね。ほかの曲が、気の合う仲間たちと楽しんで作っている感じが滲み出ているのに対して、すごく内向的というか。演奏にも他者を介入させなかった唯一の曲ですね。
「作品のバリエーションっていう部分もあるんですが、僕がバンドを組んでいない理由として、たまに一人になりたくなるんです(笑)。今回の参加メンバーはみんな、もう気心知れたメンバーだけど、なんかね、バンドで一緒にやっていると、だんだん僕のありがたみがわかってもらえなくなったりするんです(笑)。だから、僕がたまに弾き語りを入れたりするのは、一人でやっている音楽をメンバーやスタッフに聴かせたいっていう気持ちもすごくあって。それを聴いて、あらためてちょっと感動してくれたりしたものを、またバンドにフィードバックしてくれたらいいな、と」
●いわば、空気の入れ替えですね。その曲を中心に入れることで、アルバムの空気も入れ替わる。
「サッカーでいうと、大体は僕もチームプレイに徹しているんだけど、たまに個人プレーというか、すごいドリブルで一人で敵を抜いていったりしてみせたくなるというか」
●でも、基本的なスタンスは一人。
「僕の基本はコロコロ変わるんですけど、メンバーとはずっと一緒にいるんで、バブルバスを組んでいた時よりも、すべてが音でつながっているという部分では、今のほうがずっとバンドらしいですね」
●あまりバラバラに録った感じがしない曲が多い印象を受けたんですが。
「そうですね。リズムは基本的に一緒に録ったし、曲によっては石垣くんや僕のギターも一緒に録っちゃったり。僕も、仮歌と仮ギターをライヴみたいに一緒に録ってて、あとで弾き直したり歌い直したりしているだけなんで、完全にバラバラで録ったものはないかもしれませんね」
●歌まで一発録り、というものはありますか?
「歌はないです。最近、よく若いバンドなんかで、歌をワンテイクしかやらないんだよね、とか、やっぱり歌は一発じゃないととか言うのも聞きますけど、5テイクくらい同じクオリティのものができるようになってから言えっていう(笑)。あるいは、バンドとしてのノリを出すために、レコーディングでわざとドンカマを使わなかったりすることもあるみたいですけど、カマを使った上でノリのある演奏はできるんだし、それができないのがおかしいんですよ」
●痛烈ですね(笑)。今回のアルバムではかなりたくさんの音を重ねていましたが、今後のライヴでのアレンジもアルバムに忠実にやっていくんですか。
「鳴り物は好きだから自分でやっちゃうんですけど、ソロの難点としてメンバーの都合が合わないという問題があったりするので(笑)、ライヴはできるメンバーで演奏して、あとはお客さんの頭の中で勝手に音を鳴らしてくれればいいな、と思っています。だから、すでに決まっているライヴはアコースティックな編成でやるし、レコ発ライヴはバンド形態にするし、その時の状況に応じて。レコ発ライヴも、本当は5〜6ヶ所でもツアーができれば良かったんだけど、予算的な問題もあって。でも、これからどんどん生でお見せできる感じになればいいですね。音に関しては、実際に今、鍵盤なしでリハに入ってるんで、やっぱりさびしくなっちゃってたりするんですけど、それでもできる良さはまたあるし」
●鍵盤が抜けると、アレンジもだいぶ変わりますね。このアルバムでは、ほかの楽器は歌を引き立てるための音を作っているけれど、鍵盤は歌メロの上や下で別 のメロディを奏でているようなところがありますよね。
「鍵盤の杉浦くんとは、たまに2人で弾き語りをやったりするんですけど、いつもすごく楽器で話をしている感じがあって。変な関係性があるんです。とても深いところに入ってくるから、ライヴを一緒にやっていて、思わずニヤニヤしてしまうことも多くて。彼自身、自分も歌う人だからっていうのもあるのかもしれないですけど、面 白いもんですね。彼に限らず今回のメンバーは、みんながちゃんと楽器で会話しているなっていう手応えを感じられたんで、すごく良かったかな」
●バンドに参加しているメンバーは現在、ある程度固まっていると思うんですが、今後、新しいメンバーとのコラボは考えていますか。
「僕のことを良いって思ってくれる人がいれば、ぜひやりたいですね。今一緒にやっている大田くんっていうドラムの子も、つながりのつながりでやっているんですけど、刺激があって。いろんな人とやれることで、僕自身がどんどん変わっていく。それがすごく面 白いんですよね。なんかね、ライヴって呑みに似ていて、いろいろ嫌なことがあっても呑んでクダ巻いてチャラみたいなところがあったりする。バンドマジック的なものをソロでもけっこう感じていたりします」

●今回、取材をするにあたって、ネットで堀内さんに対するリスナーのさまざまな感想というのを見つけてみたんですね。その中でもっとも多かったのはやはり“歌声”に対する賞賛なんですが、それに次いで“詞がすごい”という意見をかなり見かけました。
「曲は、作り貯めていたり、断片をとっておいたりするんですけど、詞は曲ができてから乗っけることが多いです。時々、ほぼ同時にワァっとできちゃうこともあるんですけど。でも最初にテーマを決めて書くというよりは、つらつら書いているうちにだんだん固まっていくというか。すごく面 白い作業ですね、詞ができていく過程っていうのは」
●言葉遊びが多いですよね。難しい言葉はないけれど、文学的というか。好きなサイトに『青空文庫』を挙げていましたけど、昔の文学作品などを意識していたりはしますか?
「『青空文庫』は、以前何もしていない時にかなり読みました。会社のパソコンでガーッとコピーして、資料を読むフリして読んだり(笑)。限られた作家の作品が多いんですけど、今まで読んでこなかったものも多くて、面 白かった。文学でも詞でも、難しい漢字をわざと使わないで文学性を出すっていうのはけっ こう簡単だと思うんです。やっぱり、今の時代に自分が話している言葉で書きたい。自分の書く詞に対して、押さえておきたいポリシーっていうのがいくつかあるんですよ。例えば、棘があることだったり、きれいで、断定的じゃない表現を使うことだったり、汚さを含めて品、みたいなものなんですけど。小学校の時から詞を書いていたんですが、そのころからそういうのは変わっていない」
●小学生で詞を書こうと思ったのは、何かきっかけがあったんですか。
「担任がちょっと変な人で…。授業中に朗読とかばっかり聞かせるような人だったり。あとは版画彫ったり、絵を書いたり、詞を書いたり、高校の時には短歌や俳句を授業でやらされたんですけど、そういうのを面 白いと感じたんですよね」
●“書くこと”に対するおもしろさと“歌”とがくっついたのは?
「うちは姉が16年、兄貴が17年上なんですけど、姉ちゃんは友部正人さんとかと知り合いで、小さいころ彼らが家に遊びに来てくれたりしていたんです。その姉ちゃんが当時、ボブ・ディランをめちゃくちゃ好きだったんで、その影響はやっぱり受けて、音楽や詞を聴くようになったんですね。姉が言っていた詞の美学と小学校の先生が言っていた詞の美学っていうのは全然違うんですけど、中学、高校と自分で音楽を聴いていくうちに、それを自分なりに融合させていって」
●では、ギターを始めたきっかけは?
「もともと家には姉ちゃんのギターがあったんですけど、ずっと音楽が苦手だったんで、自分にはできないもんだと思っていて。でも、高校に入ったらテレキャスターがどうしても欲しくなって、すごくボロボロのやつを先輩から5千円で譲り受けたんです。最初はそれこそ、『明星』の付録でついてくるような歌本なんかを弾きながら練習していたんですけど、それがだんだん楽しくなって。初めはドラマーになりたかったんですよ、実は。リズムが好きだったし、自分のリズム感になぜか絶対的な自信があって。日本人って、たぶん97%ぐらいが前ノリだと思うんですけど、僕は生まれも育ちも青森で、ねぶた祭や津軽三味線のシンコペーションした感じ、ノリの丸みみたいなものが自分には染み付いているような気がしていて。だから、今でもリズムにはうるさいです。メンバーもそれに合わせないといけないから、大変なんじゃないかな。ドンカマとちゃんと合ってたとしても文句言うんで(笑)。たとえば、手拍子でその人のプレイってわかっちゃうんですよね。手を叩いた瞬間じゃなくて、叩く間にリズムっていうのはあるわけだから」
●今のメンバーというのも、それぞれが別 のバンドで活動してきた人ばかりだから、自分の型というのはできあがっているわけですよね。
「そうですね。だから逆に、一緒にやることで一回裸になってほしいんです。僕も、メンバーに上手さはそれほど期待していなくて、どちらかと言うとその人自身がどれだけ音に出てこられるかを重視しているんです。例えば、ドラムの良太くんはすごく上手いけど、一緒にやるとエンジニアにすごく怒られたりしている。そういうのを今度は自分のバンドにフィードバックしてくれたらいいなって」
●無頼庵は本当に、みんなが出入りする場所なんですね。ここで受けた刺激を外に持っていって、外で得たものをまたフィードバック、という連鎖になる。
「そうなればいいですね。でも、最近みんな忙しくてあんまり戻ってきてくれなさそうで嫌なんですけど(笑)」
●これまではバンドサウンドというものをかなり意識してやってきたと思うんですが、これからの方向性は?
「自分のできること、自分自身を精一杯反映していくしかないんですけど、今の(バンド)形態でやれることは、サウンドも含めて、このアルバムで結構やり切っちゃってるかな、と思うんです。なので、ここからは全然違うことをしてみたい。完全に一人の世界の音、打ち込みでも何でもいいんですけど、そういうものを作ってみたり、あとは例えば10日間とか3テイク以内とか決めて、その中でバーっと。“ダビング禁止!”みたいなものを作るのも、ちょっとアリかなって思ったり。これからまた、いろいろ考えます。でも、若い子は単純にうらやましいですよ。若くていいなぁって(笑)」




※SAへのバンド出演依頼 、タイセイ(SA)含むBoo Zee LoungeクルーへのDJ出演依頼、 ブライアン・バートンルイスへのDJまたはMC出演依頼は、familiesまで。   ※本サイトへのご意見、ご感想はこちらへ