「実は、ストームは解散することになってたんですよ」
――え、いつ?
「2月のレコーディングの段階では。マサル君(イチカワ)が日本語でやりたいっていうんで試してみたら、僕とクワナは違って。それまでは、スタジオに入った時に話すぐらいで、3人でちゃんと話す機会も持ってなかったから、日本語でやれないってことがマサル君の中でモヤモヤしよったみたいで。
 あと“来年は東京でもちゃんとライヴをやれるように、今年1年はちゃんと動きたいと思うけど、どう思う?”って聞いたんですよ。そしたら、一度は2人とも“いいんじゃないか”って話になったんですけど、レコ―ディングのちょっと前ぐらいに、マサル君が“俺はちょっともうストームはやれない”って言いゆうから話を聞いたら、日本語をやらしてもらえないし、俺は東京には行けないってことだったんですよ。
 その時はレコーディングもまだ始まってないし、やめるんだったらストップすればいいやって話になったりもして、僕も無理って言う奴は無理かなって思ったから、引き止めるつもりはなかったんです。でもレコーディングはラストやき、ちゃんとして、ツアーもちゃんとしようということになって、とりあえずレコーディングをしてみたら、作品がいい感じだったんですよ。
 これでやめるのはもったいないなって思ったし、別 に空気が悪かったわけでもなかったので、レコーディング中に飲んだ時に“やめるの、もったいなくないか!?”って話もしよって。話しゆううちに、3人ともちゃんと話ができてないんじゃないかってことに気づかされたっちゅうか。
 たとえばバンドに僕が3人おったら意見もすんなり通 るし早いけど、マサル君がベースを弾いてくれるき、僕もバンドができるわけで、今まではそのへんの感覚があまりなかったんですよね。だから、抜ける奴は引き止めんって思ったし、かと言って“これからベース弾ける奴を入れてやれるか”って言ったら、それは怖かったんですけど、彼にベースを弾いてもらいたいなら、彼の言うことも聞かなきゃいかんじゃないですか。だから、2人の意見も肯定的に聞かんとストームは続けられないなってことを、その時に学ばされまして。
 東京に出てこれんっていうことも関しても“ストームを3人で続けるのが大事なのか、俺がやりたいことを重視するのが大事なのか”という選択になって、それやったら3人でやることを選ぼう、と。だから東京に出て来ることも外したし、日本語もやることにした。でも僕も、そうなったら何の不満もなくて、自分もいろいろ変化するわけやし、それが同じバンド内におるだけの話で、ちゃんと気持ちが切り替わったので、今は良いんですよ。肯定的に捉えれんかったらストームは、もう続けれんわけやき」

――今までは、自分のワガママが通ってたわけですよね。
「バンドを作るきっかけが僕やったんで、僕がもともとそういう流れを作ってしまったんですね。いろんな決め事に関してウンって言わせてたわけでもないんですけど、僕がグワーッてしゃべるき、意見を言う隙間を与えんらしいんですよ。僕は言った者勝ちの精神でしたから、話し合いできんのやったらお前がイカンみたいな感覚の人間やったき。けど、そうやなかった。まぁ、ちょっと大人になったというところですかね。
 僕が一番いろんな音楽を聴きよるし、音楽的なところで“それ違うよ”ってことが実際あったりもしたので見下しとったかもしれんがですけど、そのへんで黙らしよったところがあったかもしれん」

――じゃあ、再スタートってことですね。
「そうですね。今は前よりも好きですよ、メンバーのことが」
――リーダーというのは、特に決まってはいない?
「僕がそんな感じなんですけど、舵取りが2人おったら座礁 するって言うじゃないですか。そういうのもあって、一歩引いてるんです。基本的にライヴのことに関してはやらしてもらってるんですけど、強いて言うなら曲を作った人がリーダーなんですよ。その曲に関しては、その人がリーダー。そういう感じなんです」
――言いたいことを言える場を与えてあげるってことですよね。
「今までも、そういう場を作りよったつもりではいたんですけど、それが違っちょったみたいで。みんな、照れ屋さんやったりカッコ付け屋さんだったりするところがあるので。
 6年もやりよったら、そりゃあ一回ぐらいは解散ってなると思うんです。それが、たまたまレコーディングの時期と被ったき、それを乗り越えたというのは、たぶん音にも出てる。5月に録ったやつは本当に仲良くっていうか…。2月は2月で、解散するってことでスッキリしゆるき、それはそれで気持ち良くやりよるし。逆に、そういう気持ちになってるき、マサルくんの曲をもっと好きになりゆうし。
 だから今回は、すごくいいッスよ。セカンドアルバム('02年『After School With The Storm』)はオルガン入れたり、ギターでもモズライトでチャラ―ンと鳴らしたかったりしたんですけど、今回は3人以外の人は入れたくなかったし、ストームのライヴでやりゆう音しか入れたくなかった。ギターも、理由はないんですけど俺のギターしか使いたくなくて。人に借りたほうが、もっといい音しゆうがかもしれないですけど、無意味な気持ちの込め方があって(笑)」

――バンドなんて、みんな俺が一番カッコいいっていう思い込みでやるものだと思うから、そういう気持ちも大切ですよね。疑った瞬間に終わると思うし、だからバカは強いと思うし。
「でも、それって天才ですよね。僕は、普通 に生活を気にしてバイトする。その時点で天才じゃないんですよ。天才肌の奴はバイトなんかしない。その点、僕は凡人やき、だからパクるとかもできる。ゼロから生み出せる才能は、そんなないと思っちゅうき。だから僕は、別 にバイトした金で音楽ができるんやったら、それでいいかって思ってるんです。
 今回のアルバムは、自分が家で聴いて結構好きなので、ある意味売れんくてもセカンドみたいに悔しくはないかもしれん。セカンドは売れたいなって思ったんですけど、今回はあまりないんです。歌がCDになって、それが出せることに意味があるし、言うたら最新作が名詞代わりに渡せるわけやないですか。だから、このCDを長いこと使って、ライヴをずっと見せられたらいい。別 に、来年これを宣伝するためにツアーしてもいいわけやし。
 とりあえず僕らは、みんなフリーターやし、お金もないから、3ヶ月で70本とかそういうツアーをできる体制にはない。だから、半年ぐらいかけて10本ずつでもいいし、そういうのをやろうかなぁと思ってるんです。プロモーションビデオを勝手にレーベルからパクってきて、ダビングして売ろうかなぁとか(笑)。ビデオとかも見てもらえるんやったら見てもらったほうがいいし、100円ぐらいで売れるんやったらアリかな」

――いわゆるレコード会社とかインディーズレーベルの常套手段ではなく、自分たちなりのやり方でやっていく、と。
「出してもらえることへの感謝は強くなったけど、セールスのことは気にしなくなりました。あとから結果 がついてくるようにするためには、ライヴをするしか僕らにはやり口がない。別 にテレビ出ても、まともにしゃべれるわけでもないし。
 ずっと前にラジオに出させてもらって、そのラジオをいろんな人が聞きゆうらしくて、ストームが出た時はすごく面 白くて、次の日にCDのオーダーが400枚も来たらしいとか言われたけど、そんなんも俺らは違うなって思ったりして。俺は、そういうのを無理してでもやろうって思うけど、クワナやマサル君にそれを求めても無理というのは確実にわかるき、そういうのはよそう、と。
 僕は、とりあえずクワナにドラムうまくなってほしいんですよ。クワナがいいドラマーにならんかったら、絶対ストームは売れんって思ってますから。いくらギターがうまかったり歌がうまかったりしても、ドラムがあかんかったらダメなんです。
 僕やマサルくんは、お互いギターで曲を作るき、お互いが作ってくる曲の感じもわかるし、何となくイメージも伝わってくるんですけど、クワナはそういうイメージがないき、歌に入り込めないんですよね。僕らの演奏を引っ張るのはクワナのドラムなんですけど、そのリズム感がどっから出てくるかって言ったら、それは歌をどれだけ把握しゆうかやと思うんで、クワナにはもっと歌を好きになってほしいし、ライヴでもできるだけ歌いながらドラムを叩いてほしいですね。
 彼は後ろでドラムを叩くのが好きなんですけど、その感覚が取れると、また変わると思うんです。ステージでは、僕ら2人に守られてるじゃないですか。たとえばキツいライヴでも、前に僕ら2人がおるし、ドラムに囲まれちゅうっていう安心感があって、たまに演奏がヌルかったりするので、自分もステージで同じ位 置に立っちゅうぐらいの感じでやれると、ストームももっと良くなれると思うんですけどね。
 だから今は、とにかく自分たちのペースでやっていければ、と思ってます」


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