引き出し開けても何も入ってなかったりする
もんだから、結局忘れちゃったりするけど、
本当にいいものはその後で思い出せるからね。


――話は戻りまして、『NO EXCUSE!』のリリース後は、ジョー・ストラマー(ex.ザ・クラッシュ)の追悼イベントがあったりして、その後にニューアルバムのレコーディングをやったということですね。オリジナルニューアルバムの発表が2年2〜3ヶ月ぶりというのは、いつになく長かったわけですが(※実は過去最長)。
森山
「だよね。『RISING SUN』('01年6月)以来だよね、フルアルバムに関して言えば」
――『RISING SUN』以降に書き溜めていた楽曲は、ありましたか?
森山
「書き溜めていたというか、完璧にできあがっていない曲、原石みたいなものは何曲かあった」
――やはり、これからアルバムを作るぞって決まらないと、10何曲とかを形にすることはない?
森山
「たとえば今回入ってるのは11曲でも、ガーッとできて13〜14曲録ったりする時もあるわけ。で、ある程度完成度の高い曲が3曲漏れるじゃないですか。それを次のアルバムの時に、もう1回やり直して、詞がちょっと変わったり構成が変わったりしたものが入ることはあるけどね。でも基本的に、その時はそのアルバムに対しての曲を作り出す。
 でも、その逆もあって、5〜6年前に作ってた曲で、それは練習場のラジカセで録ってるようなヴァージョンね。そういうのを、曲作りで苦しんでる時に引っ張り出して、ちょっと聴いてみたりすると“あぁこんなことやってたんだ”とか“これイイじゃん”と思ったりとか。確かに手直ししないとダメだけど、これは今は合ってるなっていう曲もあるし。そのへんは面 白いよね。自分のコンディションもあるだろうし、その当時聴いてたり気に入ってたバンドのエッセンスがあるな、とか。そういうマッチングがポイントになるというか。大変な作業なんだけど、面 白いよ」
――フルアルバムが出ると、苣木(Gt)さんや北里さんが作って歌う曲も1曲ずつ入ることが多いですけど、やっぱり北里さんもレコーディングをすることが決まらないと作らなかったりするんですか?
北里
「やっぱり怠け者だからね(笑)。そういうのがないと歌にできんタイプなんだろうね。本当に職業ミュージシャンだったら書けるのかもしれないけど、元来俺はそういうタイプじゃないみたいで、何かそのとき刺さってるものが出てくる感じなんだよね」
――そういうタイミングじゃない時でも、曲の断片は頭の中にあったりするんですか?
北里
「うん。でも、引き出し開けても何も入ってなかったりするもんだから、結局忘れちゃったりするけど、本当にいいものはその後で思い出せるからね」
――それで今回も、いざアルバム出すぞってことになってから作り始めた、と。
北里
「だね(笑)」

録ってる先がアナログテープか
ハードディスクかという違いだけで、
そんなのは俺たちの知ったこっちゃない。


――レコーディングの時期は、いつ頃だったんですか?
北里
「6月かな」
――『ROCKAHOLIC』からプロトゥールズを導入している(※アナログテープではなく、ハードディスクを駆使したデジタルレコーディング)ということですが、何か不都合を感じたりは?
森山
「特にはなかったね。俺たちがやる作業的には、そんなに差がなかったし、出音に関しても多少は違いがあるにせよ、それはよほど音に詳しい人じゃない限り、わかんないと思うよ。俺が酔っ払って聴いて“これはアナログかデジタルか、どっち?”って言われても、たぶんわかんないもん(笑)」
北里「アナログ盤からCDに変わった時代があったじゃないですか。あの時だってさ、やれCDが音がいいとか言ってたけど、目隠しで2つ並べてね、スクラッチさえなければわかんないよ」
――で、作業上も変わらない。“せーの!”で?
北里
「そう。ただ録ってる先が、アナログテープかハードディスクかという違いだけで。そんなのは俺たちの知ったこっちゃないから」
――逆に、便利さを感じた部分はなかったですか?
森山
「細かいところでは、いっぱいあったよね。パンチインとか、この部分をどうしても入れ替えたいとか、昔だったらテクニックが要ったわけよね。ポンと入れてポンと戻すとか。そんなのがコンピューターだったら、スルーッとやってあとで適当に入れるとか。そのへんはさすがだな、すごいなと。そういうことは便利だけど、大きい意味では俺たちにとってはあまり変わらないかな。
 俺たちが“せーの!”じゃないでやろうということになったら、もっとプロトゥールズを発揮できると思うわけ。まずドラムから録って、ベースを入れて、ってやればね。でもそれは嫌だっていうのがあって、やっぱりみんなで一緒に顔を見ながら“せーの!”でやる。あの緊張感が、やってて楽しいし、それがバンドの楽しさっていうか、あれがなくなると淋しいよね。“森ヤーン”って言って俺ん家に来て“ハイ、歌入れて”みたいなさ。それができるわけだけど、それはないでしょう、みたいな(笑)」

北里「やっぱり気合いっていうのがあるからね。空気だとか、殺気だとか。そういった世界は、やっぱりなくしたくないね」
――今回収録される曲の他に、実はもっと録りましたとか、こんなこともやりましたというのは?
森山「1曲あるかな、カヴァーを録ってるのが。それはいずれ何かの形で、っていう…わかんない。遊びで録ってるし、本気で録ってないから(笑)」

――オリジナル曲でアルバムから漏れた曲はない、と?
森山
「今回はないかな」
――大体の曲が上がってレコーディングに入る時点で、順番も見えるぐらいになってたってことですか?
森山「昔は、たぶん13〜14曲録ったと思うわけ。でも今回は、これは今回外しても次のアルバムに入る曲だっていうのは、曲作りのリハの段階でカットしたね。もう時間をかけられないから、それはカットしよう、と最初から決めた。だから何曲か、わざとこぼした曲はある」
――作曲クレジットにある“7-ROCKAHOLICS”というのは、メンバーにプラス3人ということですか?
森山
「そうですね、スタジオにいた人たち。スタッフとかエンジニアも含めて、ということですね。インストだし、ガチャガチャして作った曲だし、誰が作曲とかそういう意識じゃなくて“みんなでできた曲でいいんじゃない? ロッカホリックに携わってる奴が作ったんだ”って」

出会いの歌があったから、自分の中で
サヨナラの歌も作っておいてもいいのかなって。
作品の一つとして記録しておきたかった。


――20周年記念アルバム『RISING SUN』の時に“アルバム全体のコンセプトとかカラーは逆にないほうがいいと思った”っていうお話だったんですが、今回もそういう感じですか?
森山
「それは、いつも大事にしたいというか、いま思うことを歌にしていきたいし、サウンドにしていきたい。レコーディングに入る前は、まず“やんちゃ”なアルバムを作りたいと思ったわけ。久しぶりのフルアルバムだから良いものを作ろうっていうのは、やめようと思った。
 久しぶりだからこそ、やんちゃなサウンドでロックを作りたいなっていうのがまずあったけど、やっぱり作ってるうちに、苣木が持ってきた『Story』っていう曲もすごくいい曲だなって思って、今回やるべきか次にとっておくべきか迷ったけど、やっぱり今入れようってことになったし、『Brother Joe』という曲も、最初は全然そういう意識で作る予定じゃなかったけど、まだちょっとジョーのことを引きずっていて、この曲が自然にできたから、逆に今しか入れられないかなと思って。これは、やっぱり何年か後に入れる問題じゃないだろうし…と思って、そうなったわけで。
 でも基本的には、良いものを作ろうという妙なプレッシャーも考えずに、カッコいいと思うものだけをガンガンやりたかったし、“いくつになってもロックなんだ”みたいな部分を一番最初に考えたね」

――「Brother Joe』は、ジョー追悼イベントの赤坂ブリッツ(4/24)が終わってから作ったんですか?
森山
「そう、終わってから。アルバムの曲作りを始めて、ちょっとしてからかな」
――あのツアーでケジメをつけて、その仕上げに当たる作業という印象を受けます。
森山「作る予定じゃなかったんだけど作っちゃったというか、できてしまった。やっぱり自然に、ついつい何か出るんでしょうね。出会いの歌('98年アルバム『CLOUD 9』収録の『Killer Joe』)があったから、サヨナラの歌も自分の中で作っておいてもいいのかなって思って、最終的にはできたという。これでまぁ、自分の中で一つの記録として残る、フィナーレっていうか。だからと言って、ずっとジョーのことも好きだし、それは変わらないけど、作品の一つとしては記録しておきたかった、ということですね」


俺は“ただのロック好き”だからね。
ただし、自分はこう感じるんだってことは
歌っていかなきゃいけないと思う。


――あのイベントの時は、たまたま世の中が変な方向に動いたりして(3/20イラク戦争開戦)、当初はジョーの追悼イベントだったと思うんですが、クラッシュとゲスト出演のパール・ハーバーにまつわる曲に加えて、これまで世界情勢が揺れるたびに感化されて作ってきた歌も大集結した感じでしたよね。たとえば特に若いファンとか、普段はそういうことをそんなに意識しないだろうし、リアルに感じようもないかもしれないけど、メッセージできる立場にいる自分たちとしては、やっぱりやっておかないとっていう意識なんですか?
森山
「あれは確かに微妙な時期でしたよね。本当はジョーに関してだけのイベントをやりたいっていうのがあって、パール・ハーバーに打診したりして。そのうちに戦争が起きてしまって、逆にジョーだったらどうするかな、クラッシュだったらどうするかなって考えると、絶対そういうことをメッセージすると思うわけ。だからやっぱり、そういう部分も、ジョーのイベントだからこそやるべきだろう、と思った。ステージ(の構成)は難しかったけどね。そのへんはポイントポイントで分けていくしかないかな、って。
 でもまぁ特別なことじゃなく、そういうことはずっと前から歌ってるわけだし、今あらためてそれを歌うわけじゃないから、自然にやれば一番いいかなと思ってやったけどね」

――それこそ20年以上、ミュージシャンとしてやってきて、何かあるとそういったメッセージも歌ってきたわけですが、だからと言って世の中が劇的に変わるわけじゃない。そのことに対する悔しさや空しさがあってもなお、そういうメッセージを歌うべきだと思うんですが、そのあたりの気持ちはどうですか?
森山
「たとえば、もっとワールドワイドなバンドだったら、すごい影響力もあるだろうし、やっぱりアジアの端っこの日本語のバンドじゃ、世界的な影響力は少ないよね。でも日本において、あるいは1人の対人間という部分では、何か感じてくれてる人が絶対いるわけで、たとえばその人が、ある程度の年齢になって政治家になることだって可能だし、いろんな運動を起こすことだって可能かもしれないし。だから、その人個人の何かが変わっていくっていう気持ちはあるよね。それがないと歌えないし、やっぱり感じたことを口にすべきだと思う。それは答えじゃないけど、“なぜ?”ぐらいはわかるよね。それだけのことだと思うわけ。
 右か左かどっちか自分はハッキリしてて、そっちのほうの政治はどうのこうのっていうんだったら、もっとわかりやすいけど、やっぱり俺は“ただのロック好き”だからね。ただし、自分はこう感じるんだってことは歌っていかなきゃいけない、そう思うわけ」

――感じてるから歌うんだ、ってことが伝わってきますからね。僕は、ああいう時にはやっぱり歌ってほしいと思うし、普段は戦争とかを身近に感じないわけで、でも何か考えるキッカケを与えるという意味での役割も、すごくあると思います。
森山
「それはもう自然に感じたからやってるし、たとえば、やれ不況だとか政治家の問題があったり、そんなのはもう『MONEY GAME』('89年アルバム『NAPALM ROCK』収録)という曲で歌ってるわけでさ。たぶん今歌えば、もっとわかりやすいよね。その前に“俺たち今こうやって日本中まわって、儲けなんて全然ないんだぜ。ところが政治家なんてさ…MONEY GAME!”みたいにコメントして歌えば、すごくリアルに聞こえると思うんだよ。“おかしいよね、政治家”と思うんだよ。
 そういうキッカケって、いっぱいあるわけ。事件が起きるたびに、自分なりの解釈で投げかけてるしね。だからモッズの曲は20年前の曲が色褪せてないって言われる…もちろん色褪せてる曲もあるけど、そこは曲の持つパワーでしょうね。世の中、便利にはなってるけど、良くなってるわけないでしょ? 今、わかんない犯罪ばかりで、人が死なない日はないからね。俺が10代の時は、ニュースで人が死んだらビックリしたからね。そういうのに麻痺して、今は本当に他人事だよね。
 でも、いつ戦争が起こるかわかんないし、だから余計に“ロックで楽しもうぜ”と思うわけ。でも、その中にちょっと考えることが要るんじゃないか、と。だから、自分が日本語で歌ってる限りは、それを持っていたい。そうじゃなかったら英語でいいと思うんだよ、好きな洋楽やってて十分楽しいしね」

――北里さんは、一人間としてニュースを見て感じることと、そこに感化されて生まれたメッセージのある歌を演奏する気持ちというのは、どうですか?
北里
「テレビの前に座ってニュース映像を見るわけじゃない? そうすると、やっぱり無力感だとか脱力感だとかは感じるね。そこで、じゃあ何かをしたい? 良くしたいっていうんだったら、俺がボランティアか何かに行けばいい。でも俺らはそうじゃなくて、幸運なことにロックをやらせてもらってるわけよ。そうすると、やっぱり一言モノ申したいっていうのが、どっかにあるわけ。ロクなものじゃない、クソったれな世の中、とかね。確かに森ヤンが歌ってるんだけど、それには乗っかれるよね、気持ちが。だから自分が言いたいところだけは、大きく“FUCK!!”と言ってる」




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