練習さえしっかりしてれば、試合でエラーしようが
自殺点しちゃおうが、それはいいと思う。
その前までキッチリやるということが、
大事なんじゃないかと思っていますので。


――ところで“引き出し”で思い出したんですけど、初回盤のスペシャルDVDで“俺の心の引き出しの扉”とかって、PVの最後のカットの撮影の時の(笑)。
「何でしたっけ、コバケンが言った。俺の心の引き出しどうのこうのって、何か言ってたんですよ(笑)」
――DVDの話もしたいと思ってたから、ちょうど良かったんですけど、あのDVDを付けるというアイデアはレーベル側から?
「いえ。あれはバンドメンバー側から、前にスタジオでやったライヴとかああいう映像を出したら面 白いんじゃないのってことで。いろいろな場所でライヴをやっているから、あとで見て自分たちでも笑えるようなライヴもあるし、出来云々というよりも…何て言うんだろう、たとえば冬の札幌で野外のライヴやったよねっていうのが一つの形として出してたら面 白いんじゃないかなって。その程度のもので、メンバー側から提示させてもらいました」
――札幌のライヴ映像、あれはスキー場ですよね?
「“トヨタ・ビッグ・エア”のライヴ」
――スポーツイベントのゲストってことですか?
「そうです、スノーボードのワンメイクの大会です」
――で、バンドはケムリ以外もいたり?
「あとZONE(笑)。ケムリがやってZONEがやって」
――あとリハスタでのライヴは、中野マッドスタジオでしたっけ?
「そうですね。津田紀昭(Ba)の後輩がああいう企画をやっていて、それで“ケムリ出ませんか?”って言われて“じゃあいいよ”という話でやったんですよ」
――面白いですよね(笑)。普通はバンド練習をやるスペースであって、その企画を知って来る人というのは、主催者がごく小さい範囲で声をかけた人が集まったということ?
「そうなんじゃないんですかね」
――たとえばケムリのライヴ会場で、今度こういう企画がありますって言ってフライヤー配ったりしたら、とんでもないじゃないですか。それこそ東京では確実に軽く2,000人は集まるわけだから。あんな面 白い企画があったなら絶対行きたかったって人が、たくさんいると思うんですよね。DVDを見ても、音も面 白い。すごく生というか、つまり普段の練習の音をそのまま聴かせてるような状態ですよね。でもライヴっていう、わけがわからない感じ(笑)。
「まぁホント冗談みたいなことやってるなって思ってくれれば、いいんじゃないかなって(笑)」
――で、あとは通常のライヴ映像…あれは去年末の赤坂ブリッツですか?
「そうですね、去年の最後2日間やったときのブリッツ」
――他の会場では、そんなに撮ってなかった?
「そうですね、あの時だけ。資料用に撮っておいたらいいかなと思ってたんですけど、結局ああいう形で出すことになって」
――「葉月の海」と「濁世の水」に加えて「smoke」も入ってますけど、やっぱり思い入れが深いというか、もう1曲入れるんだったらコレって感じですか。
「そう。やっぱり『emotivation』というアルバムから曲を入れたかったし」
――前作までのケムリの気持ちを一番表わしている曲というか。
「そうですね」
――ちなみに歌詞はチェックしたりしました?
「ライヴのほうの歌詞チェックはしていないです。もう全然してない(笑)」
――たまたま歌詞カードを見ながらDVDを観ていたら…まぁでもあれは去年末のライヴだから、もしかしたら詞もまだ100%固まってなかったのかなって(笑)。
「優しい方は、そう思っていただいているんですね(笑)。でも、ちょっと歌詞が変わったところもあるし、間違えたところもたくさんあるし」
――そういう楽しみもありますよね、ライヴっていうのは。
「そうですね。考え方として、練習さえしっかりしてれば、いいと思うんですよ。試合でエラーしようが自殺点しちゃおうが、それはいいと思う。その前までキッチリやるということが、大事なんじゃないかと思っていますので。あとはもう、見た人のそのバンドに対する判断でしかないから。そういうふうに思ってやっています」
――で、たとえ同じメニューだったとしても毎回違う、そういうところもライヴの魅力ですよね。逆に、再現することに重きを置いているように思えるライヴは、やっぱりつまらない。
「ライヴは、上手とか下手とかじゃなくて…ライヴ以前に音楽自体、そういうところがあるし、ライヴっていうのは自分たちの立ち位 置というか。そういうところで音楽をやったほうが楽しいんじゃないか、と思ってやってますけど」
――何回も来てほしいし、何回も来ればもっと面 白くなりますよね。
「そうですね」
――逆に、1回見たからもう当分いいかなっていうバンドもいますけどね、僕の場合(笑)。
「俺、あまり見ないからアレなんだけど(笑)」
――付き合いとかじゃなく、すごく見たいものだけ行く?
「そう。だから、ライヴを見に行く人も本当に限られてるし。ライヴ見に行く回数は、本当に少ないですから」
――それよりも、山に行ったり海に行ったりするほうに忙しい?
「そうですね。それだけ本当に好きなバンドが少ないのかもしれないですけどね。俺なんか、あまりものを知らない。あのバンドは何をやってるんだろうとか、いろいろなバンドを知っているわけでもないし。だから、その数少ない聴いた中でも心にグサッときたバンドしか見に行かないし。そんな感じですからね」


人にどう思われようが、やっぱり自分にしか
できないことをやる。どんな表現方法で
どんな形であれ、それしかないから。


――収録曲のことですけど、「葉月の海」は葉月=8月なだけに、ふみおさん的には夏の雰囲気?
「そうですね、夏な感じ。じんわり肌が汗ばんでいるような、蒸し暑い夏。クーラーがかかってるとか、そういうのじゃなくて」
――「葉月の海」も「濁世の水」も、昨年末のツアーで披露していましたが、どっちもインパクトの強い曲ですよね。ただ、個人的には「濁世の水」のほうがインパクトが強いのか好きなのかわからないですけど、タイトル曲が「葉月の海」になった理由は?
「もうね、『葉月の海』は新しい曲の中で一番最初にできた曲だから。そういうのは、何かあるんですよね。『NEW GENERATION』('97年ファーストアルバム『Little Playmate』1曲目)にしても何にしても。で、すごく勢いのある曲だし。だから、やっぱり『葉月の海』かなって」
――新しい形でスタートするという時に、最初に出てきたものは自分の中でのインパクトや位 置付けが全然違うんですね。
「位置付けというか、何かそういうもんだと思うんですよ。縁のものっていうんじゃないんですけど」
――ちなみに日本語詞は、『Ato-Ichinen』('97年ファーストアルバム『Little Playmate』収録)や『Ohichyo』『Kanashimiyo』('98年セカンドアルバム『77days』収録)にもありますけど、特に『kirisame』('00年サードアルバム『千嘉千涙【senka-senrui】』収録)以降、文体が変わってきてると思うんですけど。
「そうですね。日本語で歌うバンドは増えてきてるし、でも昔は猫も杓子も英語で歌っていた頃もあるし…昔と言っても'97年当時ですけど。だから、自分たちにしかできないことを常にやっていきたいというのはあるので、それでこういう感じになってきてるとは思うんですけどね」
――最近読んでいる本や何かに影響を受けてというよりは、自分なりに見つけていっているというか、今思うことを書こうとすると、こういう感じになるという…?
「そうですね、そっちのほうだと思う。あまり本も読まないですからね。だから『葉月の海』なんかは、オオマツヨイグサ(大待宵草)っていう夏の夜にひっそりと咲く花があって、アタマのところのメロディと“オオマツヨイグサ”という言葉がハマッた感じがしたから、それからパッとできた曲だし。“虹のやうに”とかっていうのは、今までそういうのはやったことなかったから、ちょっと変えてみようかなって思ってやったぐらいのことで。まぁ、その時々の自分にできることをやっているだけって感じですよね」
――連載をやってもらってるから、月イチで今思っていることとかが伝わってくるじゃないですか。その文体も、基本的には話し言葉に近いんだけど、ちょっと独特というか…文学的とまで言うと違う気もするんですけど。
「そんな(笑)。でもね、ずっと『BANDS JAPAN』で原稿を書かせてもらってるから、文章は絶対に上手くなっているはずなんですよ(笑)。そういうのも、やっぱり歌詞に影響はあると思いますけどね。800字前後でまとめるということにしても非常に面 白いし、どうやって起承転結をつけようとか…まぁつけてるのもあるし、つけてないのもあるんだけど。そういうのを経てきてるというのは、自分の中ですごく大きいと思いますね。すごく日本語と付き合ってる感じがするから」
――しかも、そこで伝わってくるその時々の気持ちとか考え、興味があることが、僕の中ではすごく歌とリンクしているんですよね。日本語詞の曲に限らず、英語詞にしても、たとえばコレは沖縄なんかで書いている詞かなぁとか、山に登って何かを見下ろすような状況の中で書いたのかなぁとか。もしかしたら、その時はほんのわずかなものを、持って帰ってあとで拡げて書いているのかはわからないんですけど、そういう作り方にもすごく興味が湧くんですよね。
「何回山に行こうと、本当に自分の中に構築される景色を見たりするっていうのは、まぁ何十回行ったうちの一瞬くらいな感じのほうが多いと思うんですよね。それは持って帰って、それこそ自分の心の引き出しに閉まって、あとでボコッって出てくる感じ。
 すべては、そのために山に行ったりしていますからね。やっぱり心のひだひだというか、そういうものを一つでも多く作りに行くわけで、それが何に帰結するかと言うと、やはり歌詞ですから。あと、表現の方法。あんなに綺麗だったんだけど、どうやって表現しようか、って。ライヴでの歌い方ひとつにしても言葉の使い方ひとつにしても、やっぱりそういうところですから。全部そうだと思う。
 だから『PART TO PLAY』なんか、山のてっぺんはさぞかし素晴らしいものがあるんじゃないかといざ登ってみると、てっぺんなんかホンット何もなかったりするもんね。ビュンビュン風が吹いてて、一番苛酷なのがてっぺんなんじゃないかっていう。でも何かね、またイヤらしいことに、そういう時に霧がパッと晴れたりするわけですよ(笑)。そういう時にね、これは狙ってるんじゃないかなって思うぐらいパアーって眺望が開けたりすると、やっぱり感動するわけ」

――そうなると、そもそもそんなところで歌詞を書いている場合じゃないですよね、実際。
「そうそう。その時は、本当に楽しくてしょうがない。歌詞なんて、どうでもいいわけですよ。その場を楽しむことで精一杯で、もう音楽すら、どうでもよくなったりしてるわけですよね。
 音楽でも何でもそうなんだけど、とにかく傍観者でいるうちは感動っていう感動はできないと思うのね。『濁世の水』の濁世もそういう意味で、本来“汚れた世界”っていう意味だけど、どこまで火の中に飛び込んで景色を見るかっていうのが非常に大事だなってことをそういう時に学ぶし、そこから出てきた言葉で歌詞になっている。そういうのは、今回とか前もそうなんだけど、多いですよね」
――基本は全然変わってないと思うんですけど、より社会との関わりの中で…とか、そういう感覚はすごくありますよね。
「そうですね。やっぱり、枠の外にいてどこか遠くからバカにしたり傍観者であるうちは簡単なんだけど、非常に寂しいというか貧しいというか、それでしか終われないんじゃないかって。実際に自分がそういうことをしてきたので、すごく思います。実際にその場に行って、いろいろなものを見て…とにかくヴォーカルなんてね、それしかないと思ってるんですよ。特に俺は、暗くて煙の立ち込めた飲み屋で夜ずっと、いろいろな人に会っていろいろな話をした中から歌詞を書くタイプでもないから、そういう場に出て行くってことは特に重要」
――スケールが大きいんですけど、かと言って背伸びをしているというふうにも感じられないので。
「人にどう思われようが、やっぱり自分にしかできないことをやる、と。それしかないですよね。どんな表現方法でどんな形であれ、それしかないから」


自分たちがハッピーになれるような音楽を
やりたいなぁって思ってて、それが今一番
やりたいところだったりするかな。


――そういう意味で、英語詞の2・3曲目もすごく社会を感じるというか、2曲目「PART TO PLAY」でも世の中で起こっていることをすぐに連想できますよね。何らかの事件のことを、直接的に言うつもりはないと思うんですけど。
「まぁ本当にね、わからないことばっかりだけど」
――それに、ライヴに来た目の前にいるお客さんを想像して書いたと思っても全然いいわけで。でも最近は、本当に嫌なニュースが多いですけど、3曲目「ONE STRAIGHT PUNCH」は、また今までになかったスタイルですよね。痛快に感じますけど。
「“一発喰らわせないとね”と思う時は結構ありますよ、自分に。すごくある」
――この曲の“ウォー”ってコーラスは、誰の声ですか?
「あれは平谷庄至(Dr)ですね」
――今までにも、あんなキャラクターのコーラスはありましたけど、やっぱり庄至さんなんですね。ライヴでも、ヴォーカルの次に声が大きいというイメージで。
「ホント、声デカいですよね」
――言われてみると、地声もデカいですね。
「そう、デカイ。もう昔から声がデカいもんね」
――でも重要なコーラス。
「そう。ケムリはね、非常にコーラスは大事にしたいな、と。ファーストアルバムの時から思ってるんだけど、みんな歌はそこそこうまいし、キチッとメロディを歌うしね。だから、歌は大事にしていきたいっていうのはあるので」
――ライヴでも誰も大ハズシとかしないですもんね。
「結構ハズしますけどね(笑)。DVDとか見てると嫌になるもんね、“こんなの出していいのかな”って思いますけど」
――DVDの「smoke」のサビのコーラスでも、ちょっとハスキーですごく感情の込もった声に聴こえるのも、やっぱり庄至さん?
「そうですね」
――そのもう一つ後ろで、またコーラス隊って感じの声が入ってるから、庄至さんのコーラスってちょっと別 格な感じですね。“ウォー”って言うだけなのに、そこにすごく感情が溢れている感じというのは、なかなか出せないと思うんですけど。すごい特技かなって。
「庄至クンは面白い表現者ですよね。ドラマーでああいう人、あまりいないんじゃないかなって」
――いや、いないですよ(笑)。
「ALLのビル・スティーヴンソン(元ディセンデンツ)も変なドラマーだなって思ったけど、庄至クンも面 白い」
――コーラスの話の流れですけど、「葉月の海」のコーラスが面 白くて、“刺せこの心”とか“打ち砕け”あたりはゴツい感じでもまぁ普通 だと思うんですけど、“さされ”とか“窓辺の君よ”とか“南の空よ”あたりをゴツい歌い方でコーラスをしているところが、すごく面 白いって感じたんですよね。歌詞とのミスマッチ感というか、普通 のバンドではあり得ない感じ(笑)。レコーディングの時に、そのディレクションを誰がするかは知らないですけど、ここは綺麗にとかイカつくとか、いろいろイメージがあると思うんですよね。で、この場合、どうやって、あのストロングスタイルのコーラスになったのかな、と。
「どうしてああいう歌い方になったんだろう。あまり気にしないですね。みんな自然に、そういうふうに歌ってる」
――コーラスのディレクションは誰の役目なんですか?
「だいたい平谷庄至がやりますけど、コーラスの時は俺もやるかな。でも練習の時から、どういうふうに歌うかっていうのは暗黙の了解であるから。作った本人がどういうふうに歌うのかをみんなが見て歌う感じなので、津田紀昭(Ba)がそういうふうに歌ってたということですね」
――なるほど。曲を固めていく過程で、すでにそうなっているわけですね。
「そうですね。雰囲気ってあるじゃないですか、たとえば座ってやるのか立ってやるのかっていうだけでも」
――でも、やっぱり面白いですよね。いいオトナが集まって、あの歌詞をあの歌い方でレコーディングしているという絵ヅラを想像したら。
「歌詞も曲調に合わせようとか、反れてきたから…とか、そういうことは全然考えないんですよね。最初の曲のイメージで書くし、俺の意見としては、先入観というか印象というものは非常にあやふやなものの場合が多いじゃないですか。たとえば見てくれがイカつい奴って、いくら刺青を入れてようが何しようが、付き合ってみると本当に心の優しい持ち主だったりするし。そういう奴で、人を騙してばっかりとか…まぁ適当な奴もいるけど、あまりいなかったりするし。だから曲を作る時とかに、そんなイメージとかはあまり考えたりしない。そういうバンドなんでしょうね、ケムリって」
それだけ曲に入り込んでいるってことでもあり、それがケムリだけのケムリらしさにもなっている。
「アグノスティック・フロントみたいなバンドはたくさんいるけど、やっぱりアグノスティック・フロントはアグノスティック・フロントしかいないというか、そういうのってあるじゃないですか。やっぱり、そういうのをやりたいよね」
――なってますよ(笑)。
「本当にそういうの、やりたいですよね」
――自信を持って“俺たちはコレだ!!”ってことを疑いもなくやれるというのは、すごく大事ですよね。
「でも音楽を奏でてて、自分たちがハッピーになれるような音楽をやりたいなぁって思ってて、それが今一番やりたいところだったりするかな。もちろん、いろんな人に聴いてもらいたいというのはあるんだけど、その前にとにかく自分たちでしっかり楽しめるような音楽を作って、それをしっかり届けるように自分たちのものにするというのは、本当に大事なことだなって。それをおざなりにしたくないっていうのは、結局は“自分たちにしかできないこと”につながるんですけど。
 何かね、あまりにもいろいろな音楽が満ち溢れていて、プロモーションでラジオ局に行けば、こんなにミュージシャンはいるのかってぐらい、グワッてリリースのチラシが置いてあるわけでしょ。で、やっぱりどこまで現実でどこまでが仮想なのかの線引きもわからないぐらい、インターネットとかで本当に地球の裏側の今を垣間見ることができるような気分になったりとかする世の中だから、なおさらのこと、自分たちの本当にできることをしっかり見つめてやっていきたいんですよね。それをやるには、本当に自分たちにしかできないことをやるしかないと思う。
 それで今回の4曲というのは、コーラスの入れ方にしても何にしても、普段あまりしないような話もして、自分たちでデモテープを録ったり自分たちで音を作るって時に“コイツ、こういうことを考えてたのか”って。長年やってますけど、新たな発見の中で作業が進んでいったし。すごく面 白かったですよ、今回の『葉月の海』の製作は」
――楽しそうな絵が浮かびましたけどね。で、ケムリのことをすごく真面 目バンドって思ってる人もいると思うんですよ。頭が固いんじゃないかとか、そういうふうに思ってる人もいるかもしれない。でも要は、音楽に真剣に取り組んでるという意味の真面 目だと僕は思ってて、オフステージでは家族コントみたいに見える時だってあるし(笑)。
「そうそう。最初に今回の歌詞を書いた時の話で、みんなで一番笑ったのは“刺せこの心”っていう歌詞があるんですよ。それをメロディに乗せて歌うと“サセ子の心”って聞こえるとか言って、庄至が“サセ子の心だ”って(笑)。俺、一瞬、歌詞変えようかと思ったんですよ(笑)。それは笑ったな」
――それはヤバいですね(笑)。あと、そもそも歌い出しの“オオマツヨイグサの”という歌詞とあのメロディの起伏を考えると、いわゆるプロの作詞家みたいな人とかには絶対書けない歌詞だと思うんですよね。プロに曲と歌詞を書いてもらって歌ってるアーティストもいるわけで、だからこそバンドって面 白いと思うし。かと言って、バンドの人でもこの歌詞はなかなか出てこないと思いますけど(笑)。
「やっぱり非常にオルタナティヴなほうだから。そのへんは、自分の立ち位 置というのはハッキリさせておかないと。それは今回、感じたかな」
――バンドじゃないとあり得ない上に、ケムリじゃないとあり得ないものが、おそらくいっぱいありますね。
「そう。だから表現方法として、最初からスカパンクって言ってるわけだから、やっぱり表現方法にはこだわっていきたい。歌詞の根本的なものにしても音的なことにしても、何をやってもいいってもんじゃないわけですよ。スカパンクをやってて、チャンポコチャンポコしたファンキーなR&Bみたいなリズムの音楽は、やっぱりやるつもりはないし、ストレートにスカパンクというものをやりたいと思う。そのへんのこだわりは、仲野さん(※前出のアナーキー仲野茂)なんかと一緒にやるとカッコいいなと思うし。ああいう人たちを見てると、こういう形でやってて正解だったんだなって、すごく思うことだし、自分たちもやりたいし
――説得力がありますよね。
「何て言うんだろ…? たとえば、世の中にどれぐらい受け入れられているかそうじゃないかを計るには、数字というものを基準にして…でも、それは芸術性とはまったくもって違うところにあるから。本当に自分たちにしかできないこと、まずそこからじゃないと何にも始まらないっていうのは、すごくある。人が舗装した道を歩くのは簡単なんだけど、ロックはロックでしかないから。そのへんのところは、ユニバーサル/アイランドに来てすごく良かったな、と。現場の人や上の人間にしても、いろんな人と話しててすごく思う」







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